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99.ユーリー・ノルシュテイン

ノルシュテイン

ロシアのアニメ作家、ユーリー・ノルシュテインにちかごろハマっている。たまたま友人の代理でDVDをネット注文したのが馴れ初めだが、もう感動を通り越して、ただひたすら見入るしかないという素晴らしい仕上がりだ。先のキース・ジャレットの弁に通じるけれども、言語化され得ないものの気配というか、シナリオを超越した画面の存在感にただ圧倒される。まさに第一級の仕事であろう。特筆すべきは、彼の妻であり美術監督でもあるフランチェスカ・ヤールブソワの魔術的といってもよい画力である。

彼はあまり文筆活動を好まないという話であるが、ジブリ美術館での紹介が追い風になったのか我が国でも画文集の出版が続いている。「ああ、こんな本ができたなんて」と自らの作品集を他人ごとのように眺める微笑ましい映像は、ファンなら「絶対買う」と思わせるに充分であろう。

話は変わるが、自分の好きな作家が、自分の好きな書物から引用している箇所を読むのが私はとにかく大好きだ。最後に、ノルシュテインがマルクス・アウレーリウスについて語っている部分を引用しておく。(2004.04.19記)

......旅人が行く。彼は食卓に招かれ、ネコは海を眺め、海ではサカナが泳いでいる......特別なことはなにも起こらない。だが、実際に私にとって、この、事件のなさが、ずっと強烈で壮大であることが明らかになった。聴覚と視覚をいたずらに刺激するが、心にはあまり響かずに絶え間なく変化する事件よりも。その当時私の座右の書の1冊にマルクス・アウレーリウスの《自省録》があった。驚くべきは、全く到達不可能な権力の頂点に上り詰め、ヨーロッパの半分を支配した人間が、パンの割れ目や樹皮を這うアリについて書いていることである。彼は習慣(*)を変える能力はなかった。なぜなら彼は自分の時代との闘いに踏み入ることができなかったから。

構成・文--ユーリー・ノルシュテイン 訳--児島宏子『フラーニャと私』 P36

(*)慣習もしくは習俗と訳すべきであろう。彼が変えることができなかったのは世間であって、自らの習慣ではない。ノルシュテインは ストア哲学者の基本的態度のことを書いているように思う。

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