タオは笑っている
まず、白居易の詩を二篇引用する。
1.姪と甥にあてた狂喜の詩
世の人は字を読めない者を軽んじる
幸いわたしは読み書きができる
世間は役職についていない人間に冷酷だ
幸いわたしは高い官職に恵まれている
老いた者には病人が多いが
幸いわたしはいまのところ、どこも痛まない
しがらみに苦しむ人が多いが
わたしは一族の婚儀もすませ、娘も嫁にやってしまった
心の平静を破るような変化もない
仕事で体をこわすようなこともない
だからここ十年、身も心も世捨て人のように平穏である
そして残る日々を送るのに
ごくわずかなもので事足りる
冬の寒さをしのぐ敷物一枚と一日一飯
家は小さくてかまわぬ
寝るのに二部屋はいらぬ
馬もたくさんいらぬ
一度に二台の馬車に乗るわけでもなし
世の中にわたしくらい恵まれた人間は
十人中七人はいるだろうが
わたしくらい満足している人間は
百人中ひとりもいないだろう
他人のこことなると愚か者でも賢いが
自分のこととなると賢人でも判断を誤る
わたしの本心はほかのだれにも語れない
だからこの気違いじみた言葉を
姪と甥に贈る
2.過去をふりかえって思うこと
暇にまかせて過ぎ去りし日々を思うと
昔日の友が目にうかぶ
みんなどこに行ってしまったのやら
落ち葉のように黄泉の国に落ちていった友たち
韓愈はまじめにイオウの薬を飲んでいたのに
一度床に臥したらそのままあっけなく死んでしまった
秋石を溶解していた元テイは
老いる前に力つきてしまった
杜子先生は「健康の秘訣」に凝って
肉や香料をひかえた
崔君は強力な薬を煎じ
真冬でも夏服でとおした
でもみんな病気や事故で
中年も半ばで消えてしまった
そして食事などに気をつけたことのないわたしだけが
しぶとく長生きしている
若い頃には女や金など
あらゆる欲望に身を委ねた
もっとも美味な肉を求め
蒼鉛も甘コウも知らなかった
空腹になればできたての熱い料理をほうばり
のどがかわけば冷たい小川の水を飲んだ
詩をもって五臓の神をうるおし
酒をもって三つの丹田をうるおした
毎日こわれた体につぎをあてつつ
きょうまでなんとか無事に生きのびた
上の歯も下の歯もそろっているし
手足にも体にも不自由はない
六十代に入ったいまも
一盛りの飯を食べ、静かに眠る
そして飲めるだけ飲む、器いっぱいの酒を
それ以上のことはすべて天国まかせ
わたしがこれらの詩を好むのはその健全な人生哲学というか、良識のあるよき生活の哲学ゆえである。わたしも生まれてこのかた、科学者や医者の忠告をいっさい無視して好きなものを食べてきたが、健康そのものである。
かつて食事中に水を飲むのはよくないと忠告してくれた人がいた。唾液が水でうすまり、消化が悪くなるというのだ。何日か考えてみたけれどやはり飲みたかったので飲むことにした。水を飲まないとかえって口の中がかさかさして食べ物がのどを通らない気がする。...その後、唾液は酵素であり、酵素の効果は濃度に無関係であることが証明された。...結局、医者がまちがっていてわたしの直感が正しかったのだ。





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