記事のカテゴリ:

 

手放すこと

ここ数日間、高熱が続いてPCをさわることもできなかった。熱冷ましが効いている数時間が一日のすべて。それ以外はただのモノと化す。

幸い、吐き気はないのでジュースくらいは飲める。でもメシは見るのもニオイを嗅ぐのもキツイ。

いまの自分の体力は、地場モノ「シャイニー・アップルジュース」でもってるんだなあ。

みなさんからの差し入れが毎日届くので、苦しいなかにも楽しみがある。お手紙に涙し、差し入れのCDを聴いてはまた涙する。それにしても、みんな怖いくらい自分の趣味をよくつかんでいるのにはおどろく。

センスのいい友人たちに感服です。

むかし、テレビでインドのサドゥー(求道者)を見ました。片手をずっと挙げっぱなしにするという苦行を行っているのですが、取材班が「苦しくありませんか」とたずねると、そのサドゥーは、「自分のためにやってるわけじゃないから苦しくないよ」とキョトンとした顔で言ったのです。

自己放棄というのは、インドの聖典バガヴァット・ギーターのまさに核心といえるべきものですが、実はすべての宗教の核心でもあります。

死生学のデーケン先生は、カトリックの立場から、「手放すこと」という表現をしています。

中世のマイスター・エックハルトは、これを「放下」といいました。

神にすべてをゆだねるというのは、無責任なのではありません。おのれを空しくするということはこの世でもっとも難しいこともあれば、生まれながらに空しい人もあります。

空っぽになったところに、何が入るのか。それが神なのです。神が満ちるのです。

メイ・サートンは、82歳の日記のなかで、やっと手放すことができるようになった、と書いています。

高熱でうなされながら、この「手放すこと」をよく考えます。

スージー

ムンク ≪病める子≫ 1885-86年 119.5×118.5cm オスロ 国立美術館蔵 小さな女の...

あきらめの効用

病気して何か変わった? とかよく聞かれる。大病したニンゲンはなぜか、変わらないといけないようである。あま...

ぼくのトーテムたち その2

道行く人の声にじっと耳をたてている ...
 

レコメン魂

  • Kamikaze 1989
  • Pinnacles
  • 80年代TDサウンドの核 PPG
  • Exit
  • Hyperborea
  • FAMILIAR COMPUTING WORLD
  • EGGレコード抜き書き
  • Ignacio
  • Bruits et Temps Analogues