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消費—余暇の代償

narajin.net: プロテスタンティズムからの続き。

身を粉にして働くのがそれほど尊くて崇高な行為だと思うなら
発展途上国のどこかの炭坑で
一日十四時間労働を体験してきたらどうか?

ゼリンスキー『ナマケモノでも幸せなお金持ちになれる本』P73 英治出版

ゼリンスキーの問いかけは、昔からけっこう耳にする類のものである。マルクスの娘婿にあたるポール・ラファルグは、『怠ける権利』(1880年)において資本主義批判と絡めてより饒舌に述べているし、ボブ・ブラックの『労働廃絶論』(1985年)においてはかなり強い調子で労働そのものを拒絶している。彼らの主張とするところは、概ね以下に集約される。

「労働は素晴らしいもので、休みなく働き、蓄財することはこの世で一番幸せなことだ」という労働倫理は間違っている。

長時間労働は仕事への意欲自体を失わせる。長期的にみれば、短時間のほうが効率がよく、また成果もあがるし、意欲も長続きもする。集中すれば一日3〜4時間くらいで充分であろう。スポーツの試合で3〜4時間といえば途方もない長さなのに、我々は8時間をいとわず働いている。もともと無理な話。ダレる時間が必ずある。

「ちかごろ徹夜続きで」「忙しい、忙しい」と繰り返す人ほど、実際にはたいした仕事をしてないし、むしろ仕事のできない人間であることを自ら喧伝しているようなものではないか。

仕事は「ひとかどの何者かである」という自負を生むのにいちばん手っ取り早い手法である。その中でもっとも容易に達成できるのは長時間労働である。長時間労働こそ、勤労の仮面をかぶった怠惰ともいえるであろう。

余暇がないと、消費することでしか労働によるストレスを解消できない。消費することでまたお金が必要になる。その悪循環によって労働からエスケープできない。借金地獄などのように。当たり前のことだが、消費しない人は時間を買うことができる。ヘンリ・ライクロフト風にいえば「金は時なり」。

余暇を消費にすり替えるのが資本主義の常套手段。何もしないでじっとしているだけで国民が満足してしまうならば、そもそも資本主義は成立しない。

われわれは余暇を代償に消費をしている。

時間は土地と同じく、買うしかないのか? お金がないと、時間もないのか?

お金とは何か
お金は絶対に必要か。
いくらくらい必要か。

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