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本音をいえば

先日退院したマスターが外来受診のついでに病棟まで寄ってくれた。朝8時半から待って昼過ぎにようやく受診できたとのこと。お元気そうである。「家から5分の三内丸山遺跡まで行ってきた」とパンフレットをくれた。食べ物の禁忌はしっかり守っており、外食もラーメンとか熱処理したものだけ口にしているという。

遊びに来てくれるのはうれしい反面、本音をいえばうらやましくて、妬ましくて、あまり会いたくない気持ちもある。入院も1年近くになると、自分を正気にたもつのに精一杯で、たまに点滴を引きちぎって脱走したい衝動にかられたり、深夜に大声でシャウトしたくなるときもある。はっきりいってしまえば、すでに壊れているのだ。限界どころでなく、限界をもうとっくに超えたところからスタートしているのである。

亡者どもに深海の奥底まで引きずり込まれたり、ボン教の儀式に巻き込まれたり。患者さんどうしで自分が体験した幻覚を話し合う。無菌室で高熱にうなされてヒックマンを引きちぎり、血だらけになる人もいれば、元気に退院したと思ったら意識不明の状態でリターンする人もいる。

よく電話とかメールで「ヒマでしょう」とか「毎日カッタルイでしょう」とか「優雅でいいですね」とか言われる。口では笑って応えてはいるが、何言ってんだ、冗談じゃないといいたい。

他人と自分を隔てるものはカーテン一枚のみ。プライバシーも何もあったもんじゃない環境に24時間身を置くことのどこが優雅なものか。テレビの音を出すことすらできないのに。

われわれは毎日、自分自身と戦っている。どこぞの有閑マダムのように銀座界隈をフラフラしているのとはワケがちがうのだ。「忙しい」が口癖の人間たちも、確信犯的に仕事で悩殺されることで、自分と向き合うことから逃避している。入院患者は逃避することさえ許されない。

先生や看護師や、家族や友人にも言えない、いや、言ってもしょうがない心の闇の部分。最後の最後はコレとどうつきあっていくか。

こんなとき、人間を大きく超えるものに頼ることのできる人こそ、真の幸福を知る人である。この精神的態度は、多分にヒルティの著作から影響されたものではあるが、1年におよぶ入院生活を体験したことにより、私のなかでは揺るぎがたい真実の言葉へと育った。

そして音楽もまた、「人間を超えるもの」だ。そういう意味では、私もピタゴラス学派に与するものである。娑婆にいようが、院内にいようが、ハルモニア・ムンディの探求はこの身ひとつでできる。

ちかごろはクレイジーケンバンドとトーキングヘッズを探求中。

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