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移植後300日コースは浦島太郎

K医師が話していました。

「移植後100日くらいで退院した患者さんはいやー大変でしたていどだけど、わしみたいに300日コースになるとあちこち記憶がとんで当たり前だと。

今回は見事にとんでしまった。5月23日で日記が途絶えているところをみると、次の日の午後に人工呼吸器につながれ、スリープ状態になったようす。それから3週間、肺炎が沈静化するまで幻覚と白昼夢が混じり合ったような世界に住んでいた。

人工呼吸器は、鼻からチューブを肺まで通して通常行いますが、2週間以上におよぶばあいは、喉の炎症を避けるため気管に直接孔をあける外科手術を受けます。自分の呼吸と、人工呼吸のリズムがそろわないと酸素をうまく取りこめないため、筋肉弛緩剤を使って自分の呼吸を弱くします。

医師の話によると、鎮静剤(フツーのヒトは眠る)を打っても、まるで反抗するかのように眠らなかったらしい。チューブも引きちぎろうとするので両手を拘束帯でベッドに縛られてしまうし、「他人の自由にはさせない」という無言の抗議のつもりなのか、いつも半目を開けていたそうで、しだいに白目がむくんではみ出してしまい、それを見た母は失明の心配が耐えなかったそうです。後遺症かどうかわかりませんが、いまでも左目は半分くらいしか見えない。

頑固さもここまでくると医師も感心したようで、後になって若い研修医に「narajinさんは生命力が強いですから」と半ば冗談まじりにからかわれました。(続く)

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