インドで思考を加速する

 移動量とアイディアは比例する、といったのはウンベルト・エーコ。
 とすれば旅は、格好のアイディア増幅装置というところだろう。乗物にのったら、さらにアイディアを加速できそうだとか、そんなことも夢想する。

 もう毎日アイディアがあふれてしょうがない、という人にはどうでもいいことかもしれない。しかし、ぼくのような凡人がものを書くには、エーコのひとことを何倍にも拡大解釈して、旅にも応用できなくてはとてもおぼつかない。この文章だって、移動しながら、すこしづつ書きためていったものなのだ。

 旅先で、よくツーリストか、トラベラーか、と聞かれることがある。ツーリストはいわば観光客、トラベラーは旅人というところだ。トラベルの語源はトラヴェイル、つまり労苦である。自分の決断で、自由自在に動けるぶんだけ、トラベラーは予期せぬトラヴェイルも覚悟しなければならない。努力や苦労を美化するのが好きな日本人には、文句なしにトラベラーのほうがかっこいい、となるのだろう。

 ぼくにすれば、トラヴェイルのないトラベルなんてあるわけないのだから、トラベルをどれだけツアー化できるか、というのがトラベラーの存在証明だと思う。いらない労苦を美化するなんて、ヒマ人のやることだ。必要は発明の母、なんていうが、旅においてもアイディアというものは、ほどよいトラヴェイルから生まれるのである。

 つまり、いいトラベラーほど、いいアイディアマンだということ。エーコの言葉は、案外こういうふうにも解釈できるのではないだろうか。

 それを、旅における「ウンベルト効果」といってみたい。この効果を高めるには、旅上手にならなくてはいけない。そういう意味あいから、ぼくの思考を加速してくれたのは、南インドのローカルバスだった。

 南インドのバスは、時間どおりに出発して、時間前に到着する。当たり前のようだが、万事がすべてアバウトなインドだと、これはほとんど奇跡にひとしい。しかも、予約の必要がまるでない。行きたいときにフラリとバススタンドにいけば、やさしい南国の民がバスまでやさしく導いてくれ、たいてい待たずに乗れてしまう。料金は乗ってからでオーケーだ。余計な手続きがないだけ、思索が中断されることがない。しかも安いのだから、いうことがない。

 それにくらべて、インドの夜行バスはもう最低だった。とくに"ビデオコーチ"なんていうふれこみがついてるやつは、即座にキャンセルするのがいい。眠れないのだ。鳴りものいりのヒンディー・ソングが、フルボリュームでガンガンくる。耳せんをしても、まったく無駄だ。これはもう思考を加速するどころか、怒りが加速してしまう。移動はなるべく昼間にすませておきたい。

 ことわっておくが、インドのローカルバスはすべて「タテノリ」だ。もうガッツンガッツン、ハンマービートできまくる。最後部に席をとろうものなら、あなたは何度もヘッドバンキングするはめになるだろう。まんなかあたりに座るのが、頭にも、体にもいいようだ。それがたまんねぇ、というパンクな人もたまにいたりするのだが。

 最後に、これだけは気をつけたいという「悲しき中毒」を紹介しておく。

 とりあえず景色が動いてないと落ちつかない人、一日一本なんかに乗らないとハリがでない、というヤクルトな人。これらはトラフィック・ジャンキーだ。移動をしていると、旅が順調に進んでいる気がして、ついつい朝から飛ばしまくるというパターンである。また、いつもの貧乏性がインドでも再発し、ついついスケジュールを前倒しにしてしまう人。これらはすこし"ぬき"が必要だろう。

 そうめんをゆでるとき、さし水をすると美味しく湯であがるという。同じように、ちょくちょくダラーっとしたほうが、旅も味わいが増す。あんまり暴走すると、いつかは急ブレーキをかまされて、ツンのめったりしちゃうからだ。

 だからバスの使いすぎには注意がいる。できれば一日二○○キロ以内におさめたい。かくいうぼくも、ずいぶんこの悲しき中毒にかかった。

 

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