ヒトの体というものは、半年ほどで成分がすっかり入れかってしまうという。
すると旅が終わるころのぼくの体は、メイド・イン・インディアだったわけか。どうりで顔はカリー色をしていたし、体臭はスパイシーだった。血管には真っ赤なチリが流れていたのかもしれない。なかにはカリー色の眼をしたヤツがいたが、ただの肝炎であろう。
食事が変わると、まず血液が変わる。血液が変われば、体液とのケンカがはじまるという。免疫機構が働きだすのだ。その戦いがヒートしていくると、高熱にうなされてしまう。インドを旅行中、いきなり熱がでてブッたおれたときがままあった。疲れのせいとばかり思っていたが、じつはこのケンカが原因だったのかもしれない。
熱が下がるころには、体液も変わっている。半年もすれば、体はすっかりインド人だ。髪からつま先まで、インドがぞんぶんにゆきわたっている。自分の体内に流れていたのはどんなインドだったのか。
まずは白血球。これはおそらくミルクとごはん、それにダヒだろう。「ダヒ」というのは、飲むヨーグルトといったところで、ごはんにかけると意外にうまい。チャーイも当然ながら毎日飲んでいた。北インドはこんなところだろう。南インドではなんといっても「マサラ・ドーサ(写真)」。ココナッツとごはんを混ぜあわせ、クレープにした定番メニューだが、これも食いまくった。あとはココナッツ・チャツネ。白血球の成分は、こんなところだろう。
つぎに赤血球。これはなんといってもチリだ。とても食えねぇ、というほど辛かったのは、グジャラート州にあるインダス文明の遺跡・ロータルで食したジャガイモのカリー。ジャガイモのほかは、油とチリだけだった。どうやら暑い地方ほど、チリ度が増すらしい。
屋台で食べるオムレツにも、よくチリが入っていた。卵とタマネギをシャカッとまぜあわせ、バターでじゅうっと焼いたアツアツを、新聞紙に包んでハイッとわたしてくれる。これがたった五ルピー。卵のなかに潜むチリが、地雷のように辛さを爆発させる。むかし「ドンパッチ」という、はじけるキャンデーがあった。あれのインド版だ。チリというのは、どうやら麻薬のようなものらしい。一度なれてしまうと、何を食べてもチリをぶちこみたくなる。
体液は、まちがいなく油。インドのカリーは、油のなかにスパイスが沈殿している、といえるほどギッていたものが多かった。油スナックというか、揚げものもよく食べた。なかでもよくお世話になったのが、「サモサ(写真右)」である。駅のホームで、バザールで、いく先々で、新聞紙にくるんだサモサにかぶりついた。これはラージサイズの揚げぎょうざだと思ってほしい。なかには香味を効かせたジャガイモが、ほっくりとおさまっているである。そして、パパル(パパド)。豆粉のチップスで、パリパリっとした歯ざわりがやめられない。南インドでカリー定食(ミールス)をたのむと、かならずオマケについてくる。体液は、ざっとこんなところか。
帰国してしばらく経つと、しだいにカリー色がぬけてくる。こんどは白血球がササニシキや豆腐になったり、赤血球が味噌になったりする。体液は、さしずめビールというところか。インドと日本がケンカしはじめて、もとどおりにニッポンが体を流れはじめる。カリー顔から、日の丸顔になる。





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