インドの迷えるザビエルたち

 「もっと苦しみを!」と言ったのはフランシスコ・ザビエル。

 日本にむかう船が嵐におそわれたとき、神にむかって叫んだセリフだという。異国の地で殉教した彼は、旅に生き、旅に死んだといえるかもしれない。

 インドにも、ちょっと勘ちがいなザビエルがおおぜいいた。ほんとうは寂しくて、不安で、はやく帰りたくてしょーがないのだが、知人たちにタンカきってインドにきた都合上、あともどりもできない。苦しいのは苦手なくせに、意地になって苦しいひとり旅をつづけてしまう。そんな旅行者のことだ。

 メディアがすすめる「インドひとり旅」に、すっかり乗せられたのだろう。ひとり旅の意味を、はきちがえてしまったらしい。そうとしか思えない日本人を、インドではよくみかけるのである。

 カルカッタ(現コルカタ)・ショックということばをご存じだろうか。

 カルカッタは、「世界最悪の街」といわれる都市だ。乞食やら人ゴミやら、インドの暗部がすべてぶちまけられている。インドが初めてというむきには、ショックがあって当然という場所だ。ガイドブックをみても、はじめての入国はデリーからをすすめている。

 ところが、みんながデリーなら、わたしはカルカッタから、という人がいる。強がるのである。いざ着いてみたら、リクシャーじいさんにいきなり腕をひっぱられ、目の前には乞食がおしよせ足がすくんでしまう。あげくにはホテルから一歩もでれなくなる。

 そんな子の寂しさにつけこんで、くどいたり、たかったりする下衆なヤツもいた。やさしくするふりをして、カラダとカネをねらうのだ。旅先で男女がつきあう舞台裏には、こんなからくりもあったりする。

 こうなると、なんのためにインドにきたのかわからない。

 ひとり旅というのは、ひとりぼっちで旅することじゃない。いつでも、誰とでもコンビが組めるし、その気になればまたひとりにもどれる。そんな自由な旅のスタイルのことだ。異国の土地でベソをかいたり、わざと孤独にひたったりすることではない。

 そうはいっても、日本人どうしでかたまるなんてイヤ、という旅行者がいる。そんなポリシーを頑固にもつことが、旅なれた証拠とかんちがいしているらしい。現地の人もおもしろいが、ツーリストにだって、おもしろいヤツはいっぱいいる。奇遇にも旅さきでしりあえたのに、つまらぬ意地をはることもない。なんにも考えず、楽しいヤツなら誰とでもつきあえばいい。

 ふたり旅だって、なかなか捨て難いものだ。リクシャーとか宿代もワリカンでずいぶん経済だし、日本語シックにもならない。ネックがあるとすれば、ふたりだけの世界をつくってしまうことだ。ちょうど安定した分子結合のようなもので、現地の人や、ほかの旅行者との化学反応が少なくなってしまう。コンビを組むとすれば、水分子のようにイオン化して、かるく分離しているのがいい。

 迷えるザビエルたちも、まとめてイオン化したらどうだろう。プラスとマイナスがくっつけば、苦しみをゼロにできるかもしれない。ひとりになるのは、インドに慣れてからでいい。

 かくゆうぼくは、ジャイナ巡礼なんていうひねくれた旅だったし、ちょうどオフシーズンということもあって、ほとんどひとりぼっちだった。

 

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