消えた仏教、残ったジャイナ

内部のゴタゴタはいろいろあるが、今日までジャイナ教団が生き長らえてきたのというのは一種の奇跡であろう。マハーヴィーラやブッダの時代には、シラマナ思想がそれこそゴマンとあったのに、今日インドでみられるのはジャイナだけだ。仏教でさえ、途中でリタイアしてしまった。
 ジャイナの超ロングランには、どんな秘密があったのか。

 それは、ジャイナがカーストの枠ぐみにシックリおさまったからだ。かれらは不殺生主義をつらぬくため、ひたすら商人カーストであることに徹してきたのである。

 なぜなら、畑をたがやせばミミズを殺してしまうし、木を切れば、小鳥の巣をこわしてしまう。つまり農業や工業にいそしむと、生きものの命を傷つけることになる。これではマハーヴィーラの教えを守ることができない。しかし商売なら、たんに品物を右から左へ流通させるだけだから、殺生をおかす心配がない。だから彼らは必死になって商売に精をだす。それが十九世紀末にはインド資本のほとんどを掌握するまで成長し、「インドのユダヤ人」と皮肉られるまでになった。「ジャイナ=商人カースト」という図式を確立することで、ジャイナは宗教としてのアイデンティティも保つことができたのである。

 それにくらべて、カーストにおける属性があいまいで、しかも内部の腐敗が目立った仏教は、インドで早々に消え去った。諸行無常を地でいったのである。一般には、十二世紀にはじまるイスラムのインド侵入によって滅んだといわれているが、それはダメ押しになっただけだ。今世紀にはいると、インドにも「ネオ・ブッディスト」といわれる一派が誕生したが、それも不可触賤民の引取り先として、やむなく使われたにすぎない。これでは仏教がインドに根づいたといえるはずがない。

 ナーランダ大学のような研究施設にこもり、インテリ集団となっていったインドの仏教僧は、しだいに信者との結びつきをおろそかにしていった。それに対し、ジャイナ僧はあくまで寺にのこり、信者の啓蒙を大切な仕事にしてきた。これがヒンドゥー教という大海に、ジャイナが飲み込まれずにすんだ原因かはわからないが、無視できない理由のひとつではある。

 しかし、仏教徒はコスモポリタンだった。変な言いかただが、仏教が仏教になったのは、インドの外である。彼らはこれといったカーストに属していなかったので、インドという文脈をはなれても生きていけた。しかしジャイナにはそれができなかった。ヤドカリとイソギンチャクではないが、インドの慣習と共生関係をたもつことで、ようやく命をながらえたのかもしれない。

 だから、ジャイナはインドの味がする。大乗仏教のように、日本人の口にも合うようマイルドな味つけがされることもなく、マハーヴィーラから伝わる調理法をそのまま守り続けてきた。日本のカレーもおいしいが、インドのカリーにだって独特の旨みがある。ジャイナ・カリーは、インド一徹のメニューなのだ。

 仏教は水である。その柔らかさゆえ各国に弘く染みわたり、ブッディストを豊かに実らせた。いっぽうジャイナはその頑固さゆえに石となり、今もインドに気高くそびえ立っている。

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