失恋者のインド

 --ただジャイナを勉強したくて、インドに旅立った--

 なぜインドに来たのかと問われた時、ぼくは誰にでもこう答えていた。自信をもっていうが、これは「真っ赤なウソ」である。

 じつをいうと、ジャイナがどーのという前から、インド行きの理由はちゃんとでそろっていた。それをお話しするのは、陰部をさらすようでとても恥ずかしい。しかしここはひとつジャイナをみならい、すぽーんと裸になってしまおう。

 もうお察しのかたもいるだろう。つまり失恋だ。みなにはあんなスカしたことをいっていたが、じつは単にオンナが原因だったのだ。

 ある女とインド旅行を約束した。当時はまだイタイケだったので、ちゃんと指切りまでした。それからひと月もたたないうちにフラれることになった。理由はおそらく、自分の大人げない性格のせいだ。常識が足りないと中傷されることが、いつもだったから。結婚とか、暮らしむきとか、現実的なことを考えあわせると、どうにも頼りなくみえたにちがいない。なぜって、ジャイナに会いたい、なんてふだんから夢想しているようなヤツだったから。

 そういうわけで、インド旅行の話も、それいらい立ち消えになった。その後どうなったかというと、死んでしまった。ちょうど25歳の春のころだったと思う。

 それからは、死体を往復させる毎日がつづいた。ただ会社に行き、ただアパートに帰る。その繰り返しだった。自分の魂がどっかから帰体したのは、フラれてから半年もたったある日のことだ。

 そのきっかけとなったのは、ある2冊の本だった。一冊は、桜沢如一の「東洋の哲学」。もう一冊は、上田紀行の「自分をみつけるワークブック」。桜沢を読んで決意したこと、それはライフスタイルの完全リニューアルだ。人生のさまざまな苦しみは、すべて自分のせいだと桜沢はいう。犬に噛まれるのだって、噛まれる自分が悪い。すべての運不運は、自分で変えられる。だから厄災なんてものはありえない。強い自分をつくりたいのなら、まずは食事を変えること。それも無骨で、田舎くさい食事にかえること。玄米をボリボリかみしめて、金ぴらゴボーでも食えばいい!

 桜沢はこう教えてくれた。素食をすると、どうして強い自分になれるのかは実際に本を読んでもらうとして、事実、ぼくは、自分の「中心」をとりもどした。それは、自分が自分であることの、たとえようもない喜びといってもいい。まずはそこを座標の原点にさだめ、人生にむかって正のベクトルを放射しはじめたのだ。

 そんなベクトルがむかうべき目標点を、まとめて整理してくれたのが「自分をみつけるワークブック」だ。全ページをコピーして、人生や、仕事、恋愛の目標などを、何度もなんども書きこんだ。いまになると不思議に思うが、この本に書きこんだ目標は、現在ほぼすべて実現している。想いをことばにして、カタチをあたえるというのは、ひとつの魔術なんじゃないか。

 それまで啓蒙書や実用書のたぐいは、どっかのヒマな誰かのもんだと思っていた。このときはじめて、読んでみるもんだと思った。本が人生を変えるということが、本当にあるのだ。

 すっかり落ち着きをとりもどし、仕事もスムーズにこなすようになったぼくは、おそらく持ち前の明るさをとりもどしていたのだろう。その女とまた会うようになっていた。

 そして、もういちどバカをやることになる。

 懲りずにまたしてもインドの話をもちこんだ。じつは、まったくこりていなかったのだ。答えはやはり、ノーだった。

 それから一年たった。社内預金がほどほどにたまったころ、会社を去り、アパートを去り、インドに去った。ひとを恋してから、二年がたっていた--

 まあ、ざっとこんなところだ。してみると、インドにきたツーリストのなかでも、ぼくはいちばんナサケない部類にはいるんじゃないか。ジャイナがどうとか、エラソーにいえる立場じゃなくなってきた。しかし、こんな自分にも、自信をもっていえることがひとつだけある。

 --インドに片恋いはしても、失恋する人はいない--

 

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