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中年期

もし身体的な強さと五官の快感だけが人生の最高の価値だとされるなら、私たちは若さや青春期のあとにくるものすべては、生気を失って退屈な経験の集まりで、引き潮のようなものだとみなすことになる。物質的なものと成功の数が何よりも大切だと思えば、私たちは、自分を生気がなく、陳腐な、そして繰り返しの連続にすぎない「中年期」に閉じこめることになる。しかし、自分を発見することの喜びは、いつでも、どんな場合にでも手にはいるのだ。

愛する人たちは、私たちの人生を出たり入ったりする。しかし、愛する能力は変動はしないのである。そして若い頃のように、いつも何かをめざし追求していたことから開放された心にとっては、晩年には、何かに邪魔されることなく、生存の神秘について思索をめぐらす時間が与えられる。

ゲイル・シーヒィ著 深沢道子訳『パッセージ 人生の危機』P324 1978.03 プレジデント社

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