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「自分探し」という無駄骨

plan.jpgまえから「自分探し」という言葉に胡散臭いものを感じていた。ちかごろはこの手の本が書店にあふれているし、通信教育や語学学校のキャッチコピーにも安易に多用されている。まるで自分探しをしないと幸せな一生を送れないかのようなふれこみようではないか。子どもたちに課題として与える学校もあるというから呆れかえる。

自分探しの裏側には、「やりたいことがみつからない」とか「何をしてもつまらない」とか「いまのままでいいのだろうか」とか、そんな自分にたいする焦りにも似た感情が若年層、あるいは中年層にまで浸透しているせいであろう。中には手っ取り早いところでスピリチュアル系、占い、新興宗教に救いを求めるものも多い。ここらへんの層がいいカモになるから宗教渡世はずいぶんと儲かるらしい(ただの水がウン万とかね)。

昔から、宗教家は「信者が三人いれば食っていける」といわれるが、どうも日本人の多くは個々に無宗教を謳っておきながら、いやだからこそケチな宗教にいとも簡単に引っかかってしまうようである。ちょっとした風邪のウィルスにすぐ感染し流行する。だから国の最高学府を出た人間がサリンをばらまくような始末になってしまう。

「神なき時代」に生きる我々は、もっと宗教家という連中にたいして免疫力をつけるべきだ。目利きになるべきだ。これは人生の早い段階ほどよい。ただし宗教を教育に用いるべきではない。「こういう連中がいる」ということを予防接種させるだけでよい。

なんてことをモヤモヤと考えつつ、かといってぴったりの言葉もさがせずに数年が過ぎてしまったが、8月10日・NHK第2放送「宗教の時間」で福井市霊泉寺住職、青森県恐山院代の南直哉(じきさい)さんがまったく痛快かつ禅僧ならではの解を与えてくれた。南住職はその舌鋒の鋭さから「恐山の論僧」と称されることもあるそうで、たしかに彼の人を喰ったような語り口は一般の僧侶の印象から大きくはみ出している。しかしその切れ味たるや聴き手を圧倒する説得力というか、本源力のあるものだ。

本当は冊子か、トランスクリプトかせめてサマリーでもNHKのWEBにアップされていればいいのだけれども、それは投書で申し上げることにして、ここでは小生が抜き書きしたぶんだけアップしておこう。(続く)

COPY AND DESTROY

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