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音楽療法士からの質問状1「なぜ音楽療法を希望したのですか?」

1-1. 音楽療法と出会うまでの自分

白血病には「孤独」がつきものです。免疫力の要である白血球の病気ですから、まず感染症にかかりやすくなる。そうなると人と自由に接することができなくなってしまうわけです。人だけでなく、ペットや草木との交わりも絶たねばならない。外出禁止や面会制限ていどならまだ恵まれたほうで、何日もひとりぼっちで無菌室に閉じこめられることも珍しくありません。

患者は抗がん剤の大量療法による副作用、放射線照射、骨髄移植、GVHDなど、生死をさまよう試練に遭遇すればするほど、人との交わりから遠ざけられてしまうのです。「隔離収容」だと表むきは誰もいわないまでも、いくら治療目的とはいえ患者側は「自分は閉じこめられている」という実感をもたざるをえません。

私がいちばん恐れたのは、自律性を失ってしまうことです。入院当初は病院側からの治療方針を主体性をもって聞き、自分の意見を述べ、入院生活をそれなりに規律あるものに自分でコントロールしていても、あまりの過酷な治療と孤独の連続に、しだいに考えること自体をやめて、ただ病院側の指示につき従うだけの無感情・無表情な人間になっていくのではないかということでした。つまり人間としての自立を自分から手放してしまうということです。そうなってしまえばヴィクトール・フランクルが指摘したとおり、人間としての実存も失うことになります。

「治療面では従っても、これだけは医師や看護師の思うようにはさせない」という縄張りがほしかった。隔離され、去勢されたような状況下で、自分の自由裁量を発揮できる場をさがしていたのでしょう。それは私にとって音楽以外ありませんでした。そこで密かにYAMAHAの「ギタレレ」を病室にもちこんだのです。大部屋ではさすがに無理ですが、個室にいるときはいつも弾きまくっていました。廊下にもずいぶん音漏れしていたと思います。看護師に注意されたってかまわない。この爽快感を手放す気などまったくありませんでした。「個室送り=病状の悪化」なわけですが、私にとってはむしろ祝福以外のなにものでもありませんでした。

とくに骨髄移植前の約1か月間は、化学療法が奏功せず白血球が500以下まで下がってしまったため、医師や看護師は「いつ肺炎をおこすか」とハラハラしていたようです。でも本人はそんなことなどまったく意に介せず、楽器が弾けるという喜びに「このままずっと隔離されてもいい」と念じるほどでした。骨髄移植まで何とか生きのびることができたのは、間違いなくギタレレのおかげだと今でも信じて疑いません。

1-2. きっかけ--クリスマス会を拝見して

骨髄移植も無事成功し、無菌室から病棟に戻ったばかりの2006年12月、血液内科の食堂でクリスマス会が催されました。二人の音楽療法士さんが大勢の患者の前でパフォーマンスを次から次へと展開し、あまりの懸命ぶりに見ている側はちょっとイタイものがありましたが、木管アンサンブル、ハンドベル、ヴォイス、そして場の気配も含め、やはり生演奏はいいもんだと思いました。何か細胞レベルで身体を揺さぶられるというか、「体で聴く」感覚をおぼえました。

入院生活というのは長屋暮らしみたいなもので、滅多に大きい音など出すことができません。いつも子羊のように大人しくしていないと看護師さんに目をつけらえれてしまうからです。大部屋ではiPodとカナル型ヘッドフォンが唯一の慰めだっただけに、久しぶりに「音楽のちから」というものを体で感じたわけです。県病に音楽療法士が来ていることも知ったのもこのときが初めてでした。

1-3. 「音楽のちから」を病棟に持ちこむ

すでに入院して半年を過ぎんとしている時期だっただけに、「どうして音楽療法士が県病にいるということを最初に言ってくれないのだろう」とまず病院側にたいして疑問を覚えました。思いあまって主任看護士に訪ねてみると、「音楽療法士は県病のスタッフとしての扱いはされておらず、謝礼・報酬も県病からは一切でていない」との説明です。

たしかに院内においてはまだまだ「音楽療法=医学的治療」という共通認識はなく、どちらかというと娯楽のたぐい、慰労訪問、ボランティアのような印象をみなさんお持ちのようでした。それは「音楽のちから」というものが、「じゃあステロイド5mgで」と薬剤処方のようにカンタンに数量化できるものではないからでしょう。「音楽療法はいったい何ができるのか」と正面切って問いただされても、それを科学的に立証するというのは容易なことではありません。音楽療法が理学療法や作業療法と同様、医学的根拠にもとづいたアプローチであることを証明できないものだろうか...そうすればこの鬱屈した病棟内にもっと「音楽のちから」を持ちこむことができる...

「んだば、実際に音楽療法士さんさお願いして、その効果のほどを病院側に実地で証明すればいいんでねが。narajinさんがそのおかげで元気さなれば、おのずと音楽療法士ごと見る目も変わり、ちゃんと対価を支払うべきだというムードが院内でも出でくるんでねが?」

仲の良い患者さんとあれこれディスカッションを重ねるうちに、これはやはり自分が試してみるしかないという結論にいたりました。どうせ始めるなら、そのプロセス自体が院内での宣伝になるようにしたい。自分の病気が順調に回復すればするほど、血液内科における音楽療法の評価もアップしていくんじゃないか、という算段です。現実はシナリオどおりにいきませんでしたが。

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