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父の心残し

ちかごろ病院の売店で「じゃらん東北版」を買っている。

入院する前だから8月ころだろうか、毎日もくもくと部屋の整理していたら父の書き残した小さなメモを発見した。一枚だけちゃんとプラケースに収められているからおそらく病床でベッド脇にでも置いていたんだろう。

そこには人生後半の「やりたいこと」リストがいくつかならんでいた。画家の友人との共著として「私の津軽」というエッセイを考えていたようであるが、これは原稿がまったく残っていない。あとは仕事のやりのこしが並び、最後に「妻との旅行」とある。

父は私と同じく厄年でガンとなったが、45歳で亡くなった。人生後半にやりたいことをたくさん抱えこんだまま、病床で想いだけカードに書き連ねて果てた。さぞかし悔いが残ったろうと思う。

たしかに父は旅行する暇というものをもたない人であった。昭和一ケタ生まれゆえ、仕事という大義名分もあるが、まったくあきらかなのは彼の「酒づきあい」のせいである。深夜自宅に客を招くこともあれば、どっかで泥酔して自転車で側溝に突っこみ、眼鏡を割って額を血で染め満面の笑顔で帰宅したこともあった。それから寝ている子どもたちを全員起こし、単細胞生物みたいに小さい緑色の小銭入れを「ジャーン」といって頭上に掲げると、「こづかい」と称して得意げに10円とか5円とかふるまうのであった。休日は当然の結果として横臥しているわけである。

当時5円あれば団地の遊園地横に来ていたリアカーの駄菓子屋、通称「5円のおじさん」で「ラメッツ」というベビースターラーメンの下位互換商品を買えた。だから三人の子どもは夢中で父の手に飛んだ。(次女はこのリアカーの後を単独追跡し、実店舗をつきとめ「5円のおじさんはどこから来るのか」という未解決問題に終止符を打った。いまだに電話口で自慢される)

昭和40年代当時は週休二日制とかまだ幻想に近い時代だったので、日曜日はとうぜん家族にとっても唯一の小旅行チャンスである。しかしわが家にはマイカーがなかった。正確にいえば、あったのであるが、8月の暑い日に家族四人が汗だくでライスカレーを食べているとき急に母が産気づき、父が病院までなんとか運びこむという使命を果たすと、それを仕舞にちっとも動かなくなってしまった(これは母に確認したがどうも事実らしい)。そのとき胎内にいた私は逆子で、CTの逆に足先から此岸のゲートをくぐろうと奮闘していた。よっぽど息が苦しかったのか、出産時は皺だらけで苦渋に満ちた老哲学者のようであったと母からよくいわれた。

そのポンコツ車はしばらく庭でほったらかしになっていたが、私が幼稚園にあがったころ父がなにを思ったか幼稚園の砂場にクレーン車で運びこませ、毎日子どもたちと砂だらけとなって第二の人生を見事に完遂した。私はこの車をいま自分のように愛おしく思うのである。

こんな具合だから父にどこか連れて行ってもらったという記憶がない。それよりも三沢に住む従兄弟たちと過ごした長い夏休みのほうがよほど家族旅行らしかった。本当はここの子どもではないかと錯覚するくらいよく遊んだ。

二十数年まえの父のメモを読み、この最後の一行だけならオレでもできるんじゃないか、と思った。まだ母が歩けるうちに、一泊でいいから父の代役として温泉旅行をしたい。そのためにはまず退院して、バスや電車の乗り降りを練習し、せいぜい今の倍くらいは歩けるよう鍛えねばならない。

場所は宮城あたりをねらっているが、これは帰りがけに仙台の友だちと会えるんじゃないかというダブルハッピーな画策からである。

母が一度も食べたことがないというアワビは必須として、仙台牛や牡蠣も食えて。部屋食で畳敷きで。夕食満足度の高い宿がいい。唯一の条件としては、感染予防のため「源泉かけ流し」以外厳禁と病院からいわれたことだ。

こことかどうだろうか。
鳴子温泉 旅館すがわら
昭和20年創業で部屋はいまいちだが三陸アワビ、仙台牛ステーキ
朝食も口コミでは高得点
予約のいらない貸切風呂
8つの湯船はすべて自家源泉100%かけ流し
囲炉裏のあるロビーでセルフ珈琲
檜風呂付の特別室は平日限定でおひとりさま16,950円
(じゃらん)

最終的には仙台にいる友人たちと相談して決めようと思っているので、父の心残しを叶えるためいろいろ教えてください。松島もいいナー。

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