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シュガー・ベイブ『SONGS』30周年によせて

シュガー・ベイブのアルバムがどこからか流れてくるたびに、私は昔の自分から「おまえのロックンロールははまだ生きているか」と聞かれているような気になります。そのたびに私は「だいじょうぶ、まだ生きているよ」と答えるのです。
山下達郎

Sugar Babe時代は、ただひたすら貧乏だった記憶しかないけれど、音楽だけが自分を支えていて、それが生活のすべてでした。毎日、ケチャップで炒めただけのスパゲッティナポリタンを食べていたとしても、セコハン屋から買ってきた宝物のようなLPを聴いていられれば、幸せでした。60年代〜70年代の音楽は、食料のかわりに、血となり肉となって、私の身体をつくったのだと思います。
大貫妙子

ここ10年くらい若いバンドマンやミュージシャン志望の若者と話す機会が多いのですが、彼らのほとんどがシュガー・ベイブ時代のことを僕に聞いてきます。......(当時)音楽理論もわからず技術も稚拙な僕でも、エネルギーだけは有り余っていました。なにしろレコーディングの再生機には3日間の完全徹夜をしたくらいですから。
村松邦男

大瀧詠一さんとの出会い、そして上京、高円寺ムーヴィンでの偶然が織り成すシュガー・ベイブ率いる山下達郎君との出会い、そしてそしてココナツ・パンク9.21文京公会堂ライブ後突然の解散など、僕の周りでは目まぐるしく変化していた1975年。このアルバムにはそんな思い出がいっぱいです。
今となってはけっかとして、もうほぼ実現不可能なコンビ、達郎&銀次の作品が聞ける数少ないアルバムになっています。
伊藤銀次

この頃、私は"はっぴえんど"解散、ソロ・アルバムを発表、CM活動を開始すると共に伊藤銀次君率いる"ごまのはえ"のプロデュースを始めておりました。元はっぴえんどのメンバー各自の新たなプロジェクトが集合してお披露目を行うコンサート(9.21ライブ)で最初のライブ演奏を行いました。これがキッカケとなって《ナイアガラ構想》が本格化したのです。
大瀧詠一
『SONGS』ライナーノーツより

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