山田:人間は生きているかぎり、つまり最後の息を引き取るまで何らかの意味を実現したり、あるいは意味に出会ったりする可能性というものを有しているのだとフランクルは強調します。この可能性というのは自分がどんなに人生に失敗してもなくなることはないと。最後の最後、自分にできることが何一つなくなったとしても、その状況にたいしてどのような態度をとるか、ということ、それを決める自由というものが人間には残っていると。だから最後まで絶望に陥ることはないのだと、言うことをフランクルは自らの強制収容所体験から確信したということですね。
浅井:そのような、運命を引き受けるということは、いわゆる現状肯定といいますか、どんなに状況がひどくても、その状況にいる人の心がけしだいなんだという、そういう考えかたがありますけれども、それとは違うわけですか?
山田:ええ、いわゆる精神主義といいますか、ちょっとそういうこととは違うと思います。変えることのできるものについてはフランクはそれを運命とは言わないんですね。変えることのできるものについては、それを変えるように人間は努めないといけないと。
今の世の中はですね、いたるところに非人道的なことが行われていますね。フランクルはそういう状況を肯定するということとは違います。しかし、他方でどうしても変えることのできないものがあるわけです。たとえば自分の過去ですね、これはもう変えることができないわけです。しかし過去の出来事にたいして、自分が現在どう受けとめるかということは、それは自分の現在の決断にかかっているわけです。
それから未来ということですね、いつか未来において自分が死ぬということも、変えることのできない運命に属していると思いますけれども、これについても、それに対して自分の態度を変えることができるということも可能だと思います。それも人間の自由だと思うんですね。





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