ぜんぶ託せる芸術形式
山下:でも一方では、これは文学ですか、絵画ですか、というのと同じでね、そこに自分の表現をぜんぶ託せる、現代の芸術形式だと、とらえることもできる。ずいぶん以前からぼくはたぶんそうやって、ジャズのことをとらえています。
坂本:アメリカのルーツであるブルーズから離陸して、離れてしまっていても、それはジャズとして成立しているんだと、いうことですよね。
山下:いまいろいろ日本の大学とかでジャズ教えてますけどね、そのときにどこまでがジャズかってのはいつも議論になるところなんですけど、細かく決めていく必要があるかもしれませんね。たとえば楽器編成がこうじゃなければジャズじゃないとか、アドリヴをするパートがなければだめだとか、ジャズだけでつかってきたハーモニーがあるから、それをはずしてはジャズではないとか、いろんなところでグレーゾーンがあって、わからないんですよ。
即興演奏があるのがジャズ
坂本:なぜこんなことをきくかというとね、端的にジャズとは何かをしりたいからなんですが、最初にアフリカとヨーロッパの強烈な衝突がアメリカで起こった、その芸術形式がジャズと。これはクラシックのばあいと同じなんですけど、ぼくはヨーロッパで生まれたクラシックを土台にして、いま日本人のぼくが、音楽つくっているというのはよく考えると変なんだけども、アメリカでの衝突によって生まれたジャズがね、日本人の山下さんがやっていて、それはジャズなのか、ジャズじゃないのか、その考え方によってジャズとは何かということがね、でてくるとおもうんで、それがジャズなんだとすれば、アフリカン・ルーツから離陸してですね、違うものになっていっても、それはジャズなんだ、ということでいいでしょうかね。
山下:どう取り決めればいいのかな、ドラムとベースがあるとジャズですといわなきゃいけないかもしれない。ドラムがない音楽がちがうかっていうと、ピアノソロなんてのがありますね。じゃあ、ジャズのリズム感が残ってなきゃいけないか、っていうとそれも曖昧になってしまうばあいがある。
坂本:フリー・ジャズっていうのもありうるわけだし。
山下:ひとつ結論めいたものをいえば、「即興演奏がある音楽がジャズ」だっていいたいんです。
そして変なモノが生まれた
坂本:今日ここに来るタクシーのなかで、ぼくほんとにジャズのことわかんないから、いろんなこと聞かなきゃなーと思って、浮かんできたのが、最初は「ジャズとは何か」、次に「山下さんはジャズをやっているか」、第三に重要な点がその「即興」なんです。
即興って何でしょう。即興は作曲ですかね。
山下:うん、即興というのは、むかしはバッハだって、モーツアルトだってベートーヴェンだって即興の腕くらべをやったんですよね。それをよろこぶという音楽があった。ところが、歴史のなかでクラシックが作曲家の音楽になってしまった。なかなか演奏家がいまつくっている音楽をおもしろがって、アイツのほうがおもしろい、コイツのほうがおもしろい、コイツはこんなことやった、アイツは...っていって楽しめる、そういう受容のしかたができる音楽っていうのは、現代に残っているのはジャズだけですよね。これはまたものすごく貴重なことだと思うんですよね。
で、その即興のやりかたっていうのは、どう発生したか、まあ大谷さんがくわしいと思うけれども、軍楽隊のマネであったとか、いろいろのヨーロッパの音楽を白人がやってるのを、黒人たち--召使いであるとか、執事であるとか、それから教養のある人たちとか、とくにフランス系は留学さしてもらったりするんですよね、それで音楽の教養を身につけて、自分もマネしてやってみたところ、おかしくなったという(笑)説があるんですね。
坂本:それで変なモノが生まれてしまったという(笑)。




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