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自転者

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新聞紙だの、段ボール箱だの、冬じゅうたまった資源ゴミをだした。さっぱりした納屋のなかから、自転車が顔をだした。

去年の春もこれを見て乗りたいと思った。あのころはまだ歩くのもやっとであったから、サドルに座っただけで転倒、さすがに断念したのであった。

「転んだら骨折」と主治医から退院時に釘をさされていただけに、ヒヤヒヤの体験ではあったが、それでも自転車に乗りたいという気持ちはおさえられなかった。

あれから一年である。春の空がふたたびぼくを誘惑する。いけるだろうか。転ばないだろうか。リハビリは重ねたつもりだが。

ゴミ出しで汚れた身なりのまま自転車をまたいだ。

我、自ら転がる者となれり
体は覚えていた。自転車シナプスは消失していなかったのだ。病気する前の、あの感覚で、ぼくは風を切りまくった。1兆個の細胞から歓喜の合唱が聞こえるようだった。

やっと取り戻した。いちど失ったものをもういちど取り戻したのだ。時間はずいぶんとかかってしまったが。

ダマヤンティーよ、キミにはそろそろお別れをいわねばなるまい。しかし喜んでほしい。キミの主人はいま、自分の足だけで走ることができるのだから。

自分の足でみる
あれから毎日ちょっとずつ走行距離をのばして練習をつづけている。誓願寺の門前では黒い犬に吠えられてUターンしようとしたら転倒した。走っているときはいいのだが、停止すると体を支えるのがうまくいかない。筋肉痛で歩くのもしんどいけれど、顔は輝いている。

弘前ではいまやっと桜が芽吹きはじめたところ。公園はさくらまつりの準備でけっこう人がでている。そば屋「三忠」のカンバンは昔と変わらない。

去年は介護タクシーの窓から眺めるだけだったが、今年は自分の足でちゃんとみる。

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