Evernoteが画像内文字認識に対応したというのは、すでにネット上でよく知られているとおもう。残念ながら日本語にはまだ未対応であるが、英語ならば画像中の文字であっても検索することができる。たとえば、"Love"と書いたTシャツを着ている人物の写真があったとすれば、"love"で検索するとその画像が他のノートといっしょにヒットするわけである。
この新機能とMac OS用のスクリーンキャプチャ・アプリ「Skitch」とセットで使っているデモをみつけた。
Skitchを使うと、スクリーンキャプチャ画像に文字を書き加えたり、リサイズしたり、共有することができる。これをevernoteにノートとして保存すれば、その書き加えた手書き文字も、検索の対象となるのである。手書き認識が遅々として進まない日本語にくらべると、なんともうらやましい。英語圏のニンゲンではなくても、この一連のフローにはワクワクするのではないか。
ぼくもどちらかといえば手書き派だ。とくにダイソーで売っている100円のA5クラフト紙ノート(無地)が使いやすい。ものを考えるときには、そこに図解とか、文字などをグチャグチャに落書きしながらアイデアをまとめていくというスタイルが昔から性に合っている。
デザイナーさんの中にはいわゆる方眼入りのノートを愛用されている方も多いであろうが、なぜかぼくは無地でないといけない。しかも漂白した上質紙が苦手だ。いい紙だと筆が止まってしまう。幼少よりずっとチラシ裏で育ってきたせいかもしれない。段ボール紙の茶色いノイズが、ほどよく期待値をさげてくれるので、しょーもないことでもぞんぶんに書きこむことができるのだ。
さらにいえば、手書きはいまだ最速のツールである。指を動かして文字を書くことじたいが、考えることであるといってもよい。
このような手書きの自在さをデジタルに求めるのはまだまだ無理であろう。だからやっぱり手書きノートだね、っていうのも、ちかごろのいわゆる知的生産本の流行らしい。(思考・発想にパソコンを使うな )
しかしEvernote開発者たちはデジタルの限界などをこえて、もっと先を見据えている。いつか自分が人生の幕を閉じるときまで、ずっと手元にある1冊のノートとしてどうあるべきか、という大きなテーマを追求している。まえに「思い出工学」の話をしたが、他人にとってはどうでもいいことでも、自分にとっては大切な情報というものを、どうやって失わずに一生携えていけるか。Evernoteはその実験場でもあるといえるのではないだろうか。
さらに言うならば、論文作成のためにまとまったノートをつくる必要にある学生たちのあいだでも、すでにEvernoteが浸透しているようである。WEBとデスクトップとiPhoneをカンタンに同期でき、オフラインでも参照できるところが人気のひとつなのであろう。万一PCがクラッシュしてもデータはサーバ上にあるから、データを失う心配はまったくない。
とくに、iPhone OS3.0に対応したEvernoteの使い勝手はなかなかで、このデベロッパーの本気度がぞんぶんに伝わってくるものだ。
だからぼくは、いかにデジタルがいまだ未熟といわれようとも、一生の実験として、EvernoteやBlogと付き合っていきたいとおもうし、おそらくそれ自体が目的化している。
Skitchも実際にはまず使うあてがない。レストランのメニューをマルで囲んで"delicious!"なんて書きこんで、しかも検索するなんてことはまずないであろう。でも、こういうことができるというだけで楽しい。
手書きしたい、手書きのものを読みたいと思う心は、世界のニンゲンが共有している。デジタルからアナログへの揺り戻しというか、これからはとうぶん、アナログくさいローファイなものをエッジな技術で実現するというトレンドが続くのではないだろうか。




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