「骨髄移植体験者のお話」その6

まだ見ぬ兄弟へ

三つ目ですが、ドナーさんのことをちょっとお話します。ぼくのばあい抗がん剤の効きが悪くてですね、治療も2回ほどで打ち切りになりまして、そこからは輸血輸血でなんとか命をつないでいくと、そういう毎日だったんですね。ぎりぎりのところで移植が間に合いまして。

きくところによりますと、まあドナーさんというのは実際にお会いできないんですけれども、ぼくのドナーさんは弘前の大学病院で骨髄を提供していただいたというお話でしたので、ぼくも弘前ですので、同郷じゃないかと思いまして。

ぼくの古里のですね、近くにですね住んでる近くに、ぼくの家族よりも血の似ているといいますか、まだ見ぬ兄弟がいるんだと思いまして、しかもこうして血で二人がつながったというのは本当にこれも不思議な縁だなと、思いました。

ちなみにぼくは移植でA型からOになったんですけれど、残念ながら性格はぜんぜん変わりませんで、まったくそのままでございます。

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