正岡子規さんの病床日記『仰臥漫録』ほど、私の眼から見事にウロコを剥ぎとってくれた本はない。"ウロコ"とは何か。私と同じ余命1年半と宣告された癌患者・中江兆民さんが書いた覚悟の書。『一年有半』『続一年有半』 である。
私は『一年有半』を杖がわりにして、わが"死"に対決し、突破しようとする算段だったが、郷里の大先輩である子規さんによって斬って捨てられた。
「『一年有半』は浅薄なことを書き並べたり、死に瀕したる人の著なればとて新聞にてほめちぎりしため忽ち際物として流行し六版七版に及ぶ」
さらに子規さんは言う。「生命を売物にしたるは卑し」(*)と。木端微塵だ。...
子規さんは「居氏は理はわかるが美は分からない」と書く。つまり自然や文化の美に感動する力がないというのだ...
早坂暁(作家)「35歳で究極の魂の記録 "眼からウロコ"の叙述」 朝日新聞朝刊 2009.3.22
(*)...とさまこうさま考へた末終に虚子より二十円借りることとなり己に現金十一円請取りたり
これは借銭と申しても返すあてもなく死語誰か返してくれるだろー位のことなり
誰も返さざるときは家具家財書籍何にても我内にある者持ち行かれて苦情なき者なき者なりとの証文でも書いておくべし
右の如く死に瀕しても余も二十円を得たるを思へば『一年有半』や煙草屋を儲け出したる投書家ほどの手際には行かざりしも余にしては先ず上出来の方なり
しかしいづれも生命を売物にしたるは卑し
岩波ワイド版『仰臥漫録』P121




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