おそらく私の論点を最も強力に証明していることは、現代においては、高等学校においても大学においても、人文科(ヒューマニティーズ)を教えることが少なくなったということでありましょう。ワシントンにある全国古典教育振興協会が六年間にわたって、幅広く人文科の現状について調査したのですが、その結果によれば、人文科はだんだんと大学のカリキュラムから姿を消してきたということです。
もともと人文科は、教育機関の精髄であったのです。学生は、歴史、文学、哲学、芸術などの偉大な作品をつうじて、人間生活の永遠の課題について学んできたのです。しかし現在では、この国の七二パーセントの大学では、現代史または古代史の単位を取らなくても卒業することができるのです。ということは、現代文明が発生した源であるギリシャやローマについて何も知らなくても、あるいはルネッサンス以降の人間のあがき、苦しみを知らなくても、または、核戦争によって人類の生存そのものが脅かされるような現状をもたらしたもろもろの戦争について何も知らなくても、大学を卒業することができるということなのです。
私たちが大学に入ったときには、外国語を学ぶことは、他の人びとの文化の核心に入り込み、その芸術、その精神を理解するためなのだ、と言われたものです。今では大部分の大学で学生は、他の国の文化をひとつも理解することなしに、あるいは自分の専門以外のことは何も知らなくても、大学を卒業することができるのです。
ロロ・メイ著 伊東博訳『美は世界を救う 』 P196 誠信書房