電子ピアノの優れ機能
まだ東京にいたころ友人が電子ピアノを買うというのでお伴したことがあった。そのときしきりと感心したのは、どの機種も古典調律(ピタゴラス音律、中全音律、不等分律)にワンタッチで切り替えできるところである。西洋音楽は時代ごとにさまざまな調律法を開発してきた。それを手軽に弾き比べできるどころか、曲の途中で調律をチェンジするという離れ業だって難なくできてしまう。コンサート・グランドには絶対できない芸当だ。MIDIで作られた音にはどこかのっぺりした印象があるけど、ここらへんには素直に感心した。
この曲どちらの方が心地よく感じますか?
MIDIによる調律法聴きくらべのページ
楽器だけでなく、バロック〜古典派の楽曲を古典調律でプレイしたCDがフツーに買えることもあって、聴く側の選択肢もずいぶん広がった。しかしコンサート・ホールではいまだ平均律が支配的なんじゃないか。
平均律を嫌ったモーツァルト
...19世紀に入ってピアノ音楽が発展し、ピアノ技巧が発達すると、それまであまり使われなかった、調号(シャープ、フラット)の数の多い調が積極的に使用されるようになった。調号の多い調は、黒鍵を頻繁に使用するため、運指の上では有利なのである。...19世紀半ば以降、ピアノが家庭に普及する一方で、弦の張力が増し、調律師でなくては弦を留めるピンをおいそれとは調整できなくなると、とりあえずどのような調での演奏にも対応できる完全平均律での調律が要請されるようになったことも、この調律法の採用に拍車を掛けたものと思われる。
...完全平均律では、完全五度の音程のみならず、長三度の音程も純正音程とならないため、中全音律や、不等分律の醸し出す純正な響きなど求むべくもない(*)が、フェルト製ハンマーを持ったピアノが普及し始めた19世紀の半ば以降の時代にあっては、その点はあまり問題にならなかった。フェルト製ハンマーのピアノの場合、そもそも音があまりクリアーでないからである。
(*)モーツァルトは三歳の時からクラヴィーアで三度の音程をまさぐり、その音程を探し出してはその諧音に身を委ねて喜んでいたというが、純正音程であれば幼児でも身を委ねたくなるほど生理的な快感が得られる。完全平均律で調律された楽器ではこうした生理的な快感は求むべくもない。
笠原潔『西洋音楽の歴史』P223 放送大学教育振興会
モーツァルトが成人して後も平均律を嫌悪したというのはこうした幼児体験によるものかもしれない。しかしショパンも中全音律に生涯こだわったというし、ベートーヴェン、シューベルトにしても同様である。だから彼らの曲を平均律で弾かねばならぬ理屈はない。
バッハの「平均律クラヴィーア曲集」はどうなの、というと原題は「Das Wohltemperierte Klavier」とあるから、その名の通り「いい具合に調律されたクラヴィーア曲集」となる。当時の「いい具合」とは不等分律や中全律であっても、平均律でないことは明らかだ。つまり邦題は過去の誤訳を引きずっているだけであって、いいかげん改訳すべきであろう。
月光-春-ワルター・ピアノと弦によるベートーヴェンの輝き-浜松市楽器博物館コレクションシリーズ
ベートーヴェン-ピアノ協奏曲-室内楽稿-浜松市楽器博物館コレクションシリーズ
濁っていてはダメかしら
じゃあ完全平均律のピアノが生理的に気持ち悪いかというと、そんなことはないというのが人間の耳の面白いところである。清酒もいいが、濁酒も旨いというのと似ている気がする。というか、広く世界に目を向けてみると音楽にもいろんな酒精がありすぎて純正律でも平均律でも旨ければいいじゃないかといいたくなる。
バリ島のガムラン音楽では、同じパートの楽器間でわざとチューニングを数ヘルツずらしているらしい。そうすると音に「うなり」が発生し、これがビブラートをかけたような効果になっていい具合にコクのある音をつくりだす。
Vangelisの音楽書法
映画「ブレードランナー」や「炎のランナー」などのサントラで著名なギリシアの音楽家・ヴァンゲリスはあれだけプロフェッショナルな仕事をしておきながら驚くべきことに楽譜の読み書きができないらしい。なるほど彼の音楽には楽譜にとらわれない天衣無縫さがある。おそらく彼にとって調律の優劣なんてのはションベンみたいな小事にすぎないのであろう。
音とは生きもののようなもので、そのつど姿態を変えていく。どのピッチが適切かは野性で弾きわけていく。とくに70年代アナログ・シンセ時代の問題作「Beauborg - 霊感の館 」は彼の作品中いちばん誤解されたというか、あまりに自由奔放すぎてリスナーがついていけなかった。あれはどう考えても楽譜に起こすのは不可能だ。
「霊感の館」で多用したシンセ「YAMAHA-CS80」をいじっているところ。
古典音律で弾くピアニスト
調律師・森一夫さんのWEBサイト古典調律とピアノ演奏で挙げている演奏家リストをみて驚いた。ルービンシュタイン、内田 光子、キーシン、バックハウスと、ビッグネームがずらりと並んでいる。このサイトは他にも古典調律で弾く「平均律クラヴィーア曲集」やショパンの「24のプレリュード」の各調ごとの解説があってほんとうに勉強になった。ちかごろのショパン・コン実は古典調律だってのは本当なんだろうか。ユンディ・リーとかそうだったのか? じゃあピアノもいっそスタインウェイやKAWAIじゃなくてブレイエルにしたらどうか。
ノクターン~ショパンの愛したプレイエル・ピアノ [浜松市楽器博物館コレクションシリーズ10]
ポーランド国立ショパン協会のレーベル
今まで聴いていて何にもわからなかったけど、これからは調律にも注意してラヴェルとか聴いてみたいなと思う。いっぱいCDほしい。Amazonに出品しなくちゃ。
ヴァンゲリスおもしれー! しかも手前の鍵盤はEmulator2じゃね?
Posted by: けむ at July 29, 2008 6:57 PMけむの意見となすびの花は 千に一つの間違いなし!
Posted by: narajin at July 29, 2008 9:50 PMスクリャービンは、音階毎に色が見えたらしい。彼が平均率を使用していたかどうかは知らないが、多分違うでしょう。
一般論として平均率で調律しておいて、「ハ長調は純粋だ」だの「変ホ長調は荘厳だ」とかのたまっている輩は気が狂っていると思います。もしくは偏見の固まりか。
実際の楽器を使用する場合、鳴り易い超と響き難い超が出るので、その影響でそう聞こえるのは良いけど、そうでなく純粋に音響的にそうなったらそれはおかしな話です。救急車のドップラー効果を聞いて、「近付く時は勇ましいけど、遠ざかる時は物悲しい」とか言うのと変わらないです。
スクリャービンの「神秘和音」はシュタイナーっぽい色なのかなあ?
なんか平均律は似合わない感じだなあ。「法悦の詩」いいCDないかなあ。
神秘音階はMTLの一種ですので、意外に平均率との親和性は高いとも考えています。もっとも新ウィー楽派の音楽が必ずしも平均率的でない(例:A.ベルク/ヴァイオリン協奏曲)事からも、ステレオタイプに判断するのは危険ですけど。
小生自身はCDの聴き比べはしない方なので何とも言えませんが、「法悦の詩」だけでなく、どうせなら「プロメテウス(火の詩)」も聴いて頂ければ、楽しさも倍増です。
「神秘音階」「MTL」とはどのようなものですか。
小生も聞き比べというのはあまりしないけれども、身体がビリビリする演奏に巡り会うまで何年も悶々してばかりです。オカルト好きとしてはスクリャービンで心から感動したいんだが。「プロメテウス(火の詩)」はなかなかラジオでかからないんだよね。「法悦の詩」ばかりで。
ちかごろはライヒの「ダニエル・ヴァリエーションズ」にビリビリきた。やっぱ宗教的なのに弱いです。ギャビン・ブライアーズの『イエスの血は決して私を見捨てたことはない』もそんな意味で弱い。トム・ウェイツが歌っているからだけじゃない。
大学のころトクさんにパーセルのCD聴かせてもらったとき、あのときが小生の「調律問題」元年だったんだよ。バロック音楽が、まるで宇宙の彼方からやってきた未知の信号のように聞こえてえらいショックだった。あれからずっと悩んでるんだよ。
頭はハルモニア・ムンディというか数学的美を求めてしまうけど、ボデーはディストーションのかかりまくったギターに反応しちゃって。ヴァンゲリスはこの「知性と野生」両方もってるところが好きで。
「MLT」とは「移調の限られた旋法(Modes à transpositions limitées)」の事で、神秘音階は半音と全音を交互に繰り返した音階です。例えばCから始めると、(1)の様になります。
(1) C - Des - Es - E - Fis - G - A - B - C
今度は、(1)を半音上げると(2)に、全音上げると(3)に、短3度上げると(4)になります。
(2) Cis - D - E - F - G - Gis - B - H - Cis
(3) D - Dis - F - Fis - Gis - A - H - C - D
(4) Dis - E - Fis - G - A - B - C - Cis - Dis
注目すべきは、(1)と(4)は結局同じ音階だと言う事です。即ち、本質的に異なる調が3種類しかない事になります。
これが、MLTです。他に有名なのはドビュッシーが使用した全音階(C - D - E - Fis - Gis - A)ですね。
因に、小生は中学校の音楽の時間に「月の光」を初めて聴いた時、神秘音階の存在を自力で発見(?)しました。当時はメシアンの理論書等、存在自体知りませんでしたので、ディミニッシュコードやオーギュメントコードと共に、「回転音型」とか勝手に名付けていましたね。
narajinの言うパーセルは、「トリオソナタ集」ですね。あれは名盤です。調律の重要性をマザマザと見せつけられました。
パーセルなら、「ヴィオールの為の幻想曲」もガツンときますよ。
ああ、ギターのコード弾きでも同じような考え方あるなー。
違うコード名だけど結局は同じ音みたいな。
これは直接会ってくわしくきかねばナー。
また三バカ会復活だな。