ツガルとツィガーヌ

July 31, 2008

五木 これは、前に長部さんにどこかの酒場で、ちらっと話をして苦笑されましたけど、津軽の語源というのは、まだはっきりはしてないでしょう。ツガルという言葉が日本の歴史の上に現れてきたのは、そんな古いことではない、といいますが、ロシア語でジプシーのことをツィガヌというんです。絃楽器に優れたグループです。

昔、カラフトと津軽半島あたりが地つづきであったとすれば、シベリアにはジプシーが多いし、アラスカにもいますから、そういう一族が蝦夷といわれたグループのなかにいたんではないか、と考えられるわけだ。それにジプシーのカーッとするところも似ているし、だからツィガヌの国だというのが、ぼくのこじつけなんです。これは学問的にはどうでもいいんだが、想像力の壁を破りたいわけです。そうすると、ツガルから東ヨーロッパを回ってインドまでいっちゃうからね。

長部 いや酒場でその話を聞いたとき、必ずしもぼくは苦笑ばかりはしてなかったですよ。というのは、津軽などに残っている中世以前の古い城址、アイヌ式のチャシという城塞の址というのは、ロシアから東ヨーロッパまでひろがっている城の造り方と同じなんです。すると、当然、交通とか連絡があった、というふうに考えられるわけです。

それから、ジプシーということでいいますと、当然、流れ者が追われてきたなかに、傀儡師〈くぐつし〉とかそういう集団があったでしょうし、傀儡師は日本のジプシーですよね。寺山修司が「天井桟敷」と一緒にヨーロッパなどを回って歩くでしょ。あれは現代のジプシーだと思うんです。

五木 なるほど。

長部 それで五木さんはツガル、これはアイヌ語などにも関係あるかもしれませんが、ロシア語のツィガヌに似ていると考えるわけですね。ぼくは南方志向が強いものですから、インドネシア語のトゥンガルという言葉となんらかの関係があるのではないか、と考えているんです。これも想像力の壁を破る、という意味のおもいつきなんですが。インドネシア語のトゥンガルは"取り残された"とか"寂しい"とか、"いろいろなものが一つにあつまる"とか、そういう意味があるんです。

五木 ほう。

長部 なんとなくそれが、中央から追われてゆき、津軽でもって、政治的な概念としての蝦夷としては消え去ったわけですが、人種的には残った、というような感じに合うような気がするわけです。そういった意味で五木さんのおっしゃるジプシーというものと共通していて、かなり面白いと思いますね。

「故郷視想対談 津軽と九州の間をスウィングして...」(長部日出雄、五木寛之)
『津軽 文学と風土への旅』P80 学研 1977

なるほど。東ヨーロッパ〜インドの音楽、チェコの人形アニメ、ボヘミアニズム...。自分の好きなものがぜんぶ「ツガル」でコンパイルできるわけだ。

ラヴェルのツィガーヌ、ツィゴイネル・ワイゼンと津軽三味線はツガル(違う)と思うがナー。

Posted by nara at July 31, 2008 10:50 AM | トラックバック
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