私はまた目覚めた。
「オレはたしか砂浜で棺桶に入れられて死んだはすだが...」
壁は白かった。どうやら小さな病室に寝ているようだった。身体に目を向けると、円形状の板に固定されていて、胸の中央には5センチほどの穴が開いていた。透明肉厚のチューブが何本もつながれており、その先には油圧ポンプのような大型の装置がドクドクと脈動していた。研修医Pがいつものように気弱な表情で操作盤と格闘していた。疑似血液がチューブを通して流れ込むたびに、私の身体は上下方向に痙攣し、呼吸は苦さを増した。
看護師のXがドアから足早に入ってきた。痰を除去しようとしているのだろうか。胸の穴に何やら器具を差し込む処置を繰り返した。あまりの激痛に声をあげたかったが、またしても声にはならなかった。研修医Pがポンプ圧を高めるたびに、意識が覚としてくるのを感じ、いっそう痛みは増した。
「ほら、お母様の前なんだから、もっと元気良く!」
研修医Pが苛立った口調で言った。見舞いに来た母は自分が死んだことにまったく気づいていないようだった。
母は、今日は頬が紅潮して顔色がいい、安心した、どんどん良くなろうといつもの言葉をいつものように訥々とした口調で繰り返すと、看護師と研修医に何度もお礼をいって帰っていった。
「母さん、オレ死んだんだよ。もう見舞いに来なくていいんだよ。病院に騙されちゃだめだよ」
自分の責務をなんとかやりとげた安堵感からか、研修医Pはホッとしたような顔つきをして、手早くプラグを引き抜いた。私の意識はそこで落ちた。
どうやら、母が面会に来ている10分ほどのあいだだけ疑似蘇生させられ、生きていることを演じ続けなければならないようだった。この病院によるお為ごかしは、録画テープのように毎日繰り返された。
今回はこうきたか...生きてるときいちばん嫌だったことだけ毎日繰り返しってのはどうも共通しているようだな。いちばん嫌いな看護師に、いちばん苦しい処置をされる地獄ってか。生きてるときにもっと仲良くしとくんだった...
群馬に住む姉(次女)から電話が入った。
「自分がどうなっているのが、わがってねぇべ。あんただっきゃいま病院でなくて、"医療博物館"ってどごさ移されだんだよ。中華料理の丸いテーブルあるべ、あれみたいな台さ、あんた蟹の標本みたいにガニ股さなって展示されでるよ。床がガラス張りさなってで、1階の吹き抜けからもよぐ見えでらよ」
「お母さんなんて言ってら?」
「あんたが生きでるごと確認しに、毎日そっちさ行ってらよ。医者は大丈夫だって言ってらけど、いづまでたっても退院でぎねーはんで、自分の目で確かめねば心配なんだど。でも元気そうだって話てらよ」
「それよりあんたの主治医すごい頭いいのー。あんたの魂が抜けでるあいだ、フランスの芸術家にあんたの身体だげレンタルして治療費稼いでらの知ってらが? "いないはずの人間を街で見かける"っていうコンセプトで作品制作に使うんだど。それでも治療費足りないはんで、「生きながら死んだ男」っていうテーマで医療博物館に展示して観覧料とったり、お母さんから入院費とったりしてるんだよ。患者の治療と、芸術と、お金を結びつけるなんて普通の医者だばでぎねえよ」
姉はすっかり興奮しきった様子で一気にまくしたて、そのまま電話を切った。
それにしても医者っていうのは死に際どころか、死んでも会えないものだな。