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Epsilon In Malaysian Pale

Tangerine Dream, Edgar Froese

エドガー・フローゼのソロ全作品中、もっとも入手困難でありながら(*1)、もっとも愛されている作品、それが「イプシロン・イン・マレーシアン・ペイル~青ざめた虚像」である。

本作が発表された75年は、タンジェリン・ドリームがバンドとしての絶頂期をむかえたころだ。1月に5th「ルビコン」、10月にはライブアルバムである6th「リコシェ」を制作し、ロック・ミュージックの世界に決定的な足跡を残した時期である。

同年、6~7月にかけて制作されたソロ2作目「イプシロン~」は、これら傑作群に劣らぬどころか、幽玄美という点ではむしろぬきんでている。この静謐(せいひつ)さの前には、いかなる批評も虚しい試みに感じられてしまうであろう。

密林に棲む野生動物の鳴き声と、列車の通過音とのコラージュから幕をあけるタイトル曲「EPSILON IN MALAYSIAN PALE」。パストラルなフルートの旋律と、それに寄り添うかのような弦の厚い響きがゆったりと後に続く。霧のむこうに山々の稜線がうっすらと浮かび上がってくるような、広がりのある情景を誰しも想像するであろう。中間部では、タンジェリンと同様、ベース・シーケンスと即興的旋律が躍動する。終章ではふたたび、冒頭の旋律がよみがえり、深い霧のなかにすべてが消え去っていく。

音のひとつひとつが作者の手をはなれ、自律的に運動しているかのような音響空間だ。まるで、作者不詳の古い宗教曲を聴いているかのような錯覚におちいる。

メロトロンのたっぷりとした響きもまた素晴らしい。タンジェリンというとシンセサイザーと短絡的に結ばれがちであるが、70年代中期のサウンドはむしろメロトロンこそ重要なパートをになっていた。ストリングスの音色だけではなく、フルートのようにきこえる音も、おそらくそうではないだろうか。

2曲目「マロウブラ・ベイ(MAROUBRA BAY)」では、1曲目とは対照的にロマン派のごとき激情的な主題が提示され、続いてリズミックなシーケンス・パターンが主導権をにぎる。前作「アクア」のようなノイズ成分の導入もあって、急峻な地形を流れる川のような生命感あふれる情景を夢想する。

間章(あいだあきら)氏のライナー・ノートによるならば、まさに「体験的」とでもいうべき類のもので、「音楽を楽しむ」といった日常的感覚とはとうてい馴染みえない作品ということになる。氏の批評はさらに、当時のロック・ミュージックと薬物との関係までおよぶ。それはそれで興味深いことではあるが、我々としては、そろそろ当時のドラック・カルチャーを超えたところで、タンジェリンを体験する自在さを身につけるべきであろう(*2)。

モニク・フローゼによるアートワークも、いつにもまして冴えわたっている。ただし、内ジャケではあいかわらず子煩悩ぶりを発揮し、息子の写真を見開きで載せるという大胆な? デザインだ。

malaysian.jpg(*1)ヴァージンとのしがらみがやっと清算されたのか、サントラをのぞく全タイトルが今年やっと再リリースされるらしい。ジャケットもすべてリニューアル。デジタル・リマスター盤。

追記:残念ながら全タイトルとも余計なリミックスがほどこされている。とくに「アクア」に関しては全く別人ような仕上がりで、原型をとどめていない。「イプシロン〜」もまさに蛇足というしかないトラックがわざわざ追加されており、がっかりした。やはり、ヴァージンとのしがらみはまだまだなくなりそうにない。

(*2)フローゼは現在、菜食のみでビールすら飲まないとのこと。

by nara : 2005年3月23日 21:08