Patrick Vian
EGG 900541 (1976)
試聴:「Bruits et Temps Analogues」
...EGGレコードのイメージは、シンセサイザー等の電子楽器を駆使した、比較的古典的意味での"美しさ"を探求する、といったようなものである。...その水晶のような音のかけらは、内部宇宙の幻想を忠実に再現していく。...私たちを日常性から断ち切り、純粋な夢へと解き放つ...(Fool's Mate Vol.8 瀬沼俊隆)
70年代のシンセサイザー音楽を愛してやまない人間ならば、フランスのEGGと、そのすばらしいアーティストたちの残したレコードに今でも針を落とすことがあるだろう。ちょうどYMOの「Solid State Surviver」がオリコン・チャート1位になり、シンセサイザー音楽が注目されはじめた1979年、それに乗じてかこの小さな電子音楽系レーベルもキングから国内リリースされたのであった。
今となっては信じられない話だが、当時は欧米のシンセサイザー音楽がNHK-FMでオンエアされたり、国内盤も買えたという夢のような時代で、とくに80年代中ごろころまでは、冨田勲 やヴァンゲリス、シナジー など、いわゆるテクノ・ポップではないシンセ音楽もけっこう売れていた記憶がある。
坂本龍一さんも「UC YMO 」のリマスタリングに立ち会った際、「アナログ・シンセの音色の美しさにあらためて感じ入った」と語っていたとおり、たしかに70年代のキーボード環境は、メロトロンやハモンド、ローズもひっくるめて音色の豊かさにおいて際だっているし、デジタル全盛の今だからこそもういちど聴きたい音だ。EGGもまたそういう意味で、アナログ・シンセのピュアな音色が心に残るレーベルである。
Vangelis「IGNACIO」やPopol Vuh「coeur de verre 」、Roedelius「JARDIN AU FOU 」、Christian Vander「TRISTAN & ISEULT 」などそれなりに知名度のあるアーティストが名をつらねるいっぽう、地元フランス勢のアーティストたちは日本でも耳慣れない名ばかりで、その後EGGが消滅したこともあり今となっては消息すら定かでない。
エルヴェ・ピカールのプロジェクト"Ose"のアルバム「Adonia」は、エルドンのリシャール・ピナス、フランソワ・オジェが参加している(1曲のみ)こともあってかCD再発されたし、フランソワ・ブレアンの「SONS OPTIQUES」「VOYEUR EXTRA - LUCIDE」はマグマ人脈とからんでいたおかげで2004年になってMUSEAから2枚とも再発。ティム・ブレイクの2枚「CRYSTAL MACHINE」「NEW JERUSALEM」もゴングの連なりでVoicePrintからめでたく再発されている。
しかし映画音楽の世界では知れられているミッシェル・マーニュ(亡くなられたそうだ)の「天地火水」2枚と、今回紹介するパトリック・ヴィアンにいたってはぼくの知りうるかぎり廃盤のままだ。二人ともプログレ人脈に縁がなかったから不運にも再発されなかったというだけで、作品自体の素晴らしさではむしろ他を凌いでいるとぼくは思っている。
EGGとパトリック・ヴィアンについては、Fool's Mate Vol.8(1979)と、たかみひろしさんのライナー・ノーツが唯一の資料であり、また貴重だとおもうのでたくさん抜き書きしておきたい。
...「ボリスの息子がまたやった! 今回は"赤いざわめき"ではなくて"シンセのざわめき"である。Vianはシンセサイザーでなかなか悪くない新味のあるレコードをつくった...」(仏のロック専門誌Bestより)
...有名な作家ボリス・ヴィアンが彼の父親である。ボリスはヴァーノン・サリヴァンの名前で作家をするかたわら、20年前にはジャズ・トランペットを吹いていたらしい...
"赤いざわめき"というのはフレンチ・ロックファンなら誰しも知っているRed Noiseのことである。
...Patrickは、父親の影響もあってか、早くから音楽に深い興味をもち、パリのセントラル・インスティチュートで電子関係の勉強をしていた学生時代には、Red Noiseに代表される60年代末のフランスのいろいろなアングラ・バンドと一緒になって前衛的なギターを演奏...1968年5月の文化革命のとき、学生が築いたバリケードに守られてソルボンヌ大学でコンサートをやったというアナーキーなバンドだった。69年にはヴァルボンヌのような南フランスの温暖な場所でのフリー・フェスティバルがさかんに開かれたが...Red Noiseは停滞していたフランスのロック・シーンに活を入れたような画期的なアルバム「Sarcelles Lochères」を発表して、70年に解散してしまう。Red Noiseはそのメンバーによって受け継がれ、Kominternというバンドが誕生した。
Patrickは一年ばかりフランスを離れ、旅に出る。ガイアナ、インド、さらにバリ島まで訪れたが、この旅で知った音楽に興味を持ち、自分の音楽創作にとって重要な役割を果たすことになった...
(1979.5.28 たかみひろし ライナー・ノーツより)
Bernard Lavialle: Guitare
Georges Granier: Fender Rhodes, Marimba, Bruits Occultes(オカルト音?), Ciseaux(ハサミ)
Mino Cinelu: Batterie sur sphere, percussions sur oreknock
Patrick Vian: Moog 2C, Arp 2600, Moog sequencer, Piano sur bad blue
冒頭からシーケンサーに導かれてギターが気持ちよく鳴りだすところなどは、Ash Raあたりを思わせるし、エスニックな旋律とシーケンスの組み合わせはそのまま80年代のタンジェリン・ドリームだったり、ときにはジャズだったりであるが、パトリック・ヴィアンのばあいもっと茶目っ気たっぷりというか、ハチャメチャなところがあって、ラストの「300年ドラッグ」などはいきなり進軍ラッパが鳴るは、レーシング・カーが爆走するはで単に東洋音楽の影響を受けたシンセ音楽という枠におさまらない、サイケデリックなセンスが楽しい。ジャケット裏で気持ちよさそうにカヌーを漕ぐすがたはまんまヒッピーだ。
電子的エロスを周囲にまき散らす妖艶なジャケット・アートは、EGG中ダントツの出来ではないかとおもう(クリックで拡大)。中古レコ屋でみかけたらぜひ現物を手にとっていただきたい。
Face A
- Sphere
- Grosse Nacht Music(大夜曲)
- Oreknock
- Old Vienna
Face B
- R&B Degenerit(R&Bアプローチ)
- Barong Rouge
- Tunnel 4, Red Noise
- Bad blue
- Tricentennial Drag
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