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外出

October 15, 2008


1カ月ぶりに外出許可がおりました。三日連続でブックオフとびっくりドンキーに行きました。ブックオフは二年ぶり、びっくりドンキーは学生以来だから20年ぶり。

看護師さんに点滴をはずしてもらい、尿とりパットの予備、パンツ、ポリ袋、手袋など忘れ物がないよう何度もチェックチェックです。

びっくりドンキーは病院の近所でいつも窓から眺めてましたがここまで歩けるようになるまで一年かかりました。

若手看護師さんオススメの「ポテコロパケット」と「カフェドンキーナ」を注文しました。ポテコロは中にチーズとジャガイモ入りで病人には量がおおいです。ドンキーナはおいしいけどやっぱり量が多くて茶腹になりました。

次の日は豚汁とごはんと大根サラダとやっぱりドンキーナにしました。これぐらいでじゅうぶんです。根菜がいっぱいです。「ドンキーナください」というときなぜか恥ずかしいです。


今日はなんだっけ、ミートソースボナボーナと「一休」という名前のノンアルコールビール。どちらもまずくて口直しにやっぱり豚汁を単品で注文。千円こえちゃった。

ひさしぶりのブックオフは楽しくて楽しくて頭おかしくなりました。CDの500円以下のコーナーを丹念に見ていきます。おお、ロリーナ・マッケニット「The Mask and Mirror  」がありました。EBTGの「ランゲージ・オブ・ライフ  (トミー・リピューマのプロデュース)」もあった。掘出しものはCANの「Tago Mago  」SACD盤。これは1250円だけどお買い得です。Amazonで売っても元とれます。ワールド・ミュージックではキングの「ペルシャ逍遙〜イランの音楽II  」500円。

マンガは買い出すとキリがないので我慢して、かわりに「ムー」を一冊買いました(105円)。「魔術書ヘルメス文書と賢者の石の秘密」だそうだけど、これやるの何回目だっけ。

そういえば神谷美恵子さんの名著『生きがいについて  』は東京町田のブックオフでやっぱり105円だった。

荻窪のブックオフは専門書がけっこう出るというのでよく行ったっけ。丸ノ内線の立食い蕎麦屋がけっこう奥まったところにあって、いつも空いてたっけ。

帰りに酒屋に寄って100円の豆菓子とピーパリと魚肉ソーセージと野菜クラッカーを買いました。ピーパリは珍しい。

財布がカラカラになるころにはもう足もカクカクです。休み休みヒーフーいいながらなんとか病室に到着。

次回はゲオに行ってレンタルに挑戦して、豚汁食べよう。

抜けた

October 12, 2008

朝方39.4度、菌培養の採血をして、ロキソニンを半錠飲んだ。8時の朝食には復活。売店で洗剤といなり寿司とMac Fanと新聞を買う。

赤ションベンはきれいに消えた。モルヒネの点滴もとれたし、次は尿のチューブを抜去というところで先生が遠く京都の学会に行ってしまった。ステロイドをいまの30mgからもっと下げないと家に帰せないから退院までまだかかるという。まずは外泊からという話。

ラジオサーバー(届いた)でタイマー録音しておいた「Jazz Tonight」聴く。2007年9月に他界したジョー・ザビヌルの遺作2枚組の紹介。享年74歳だったそうだが、ウェザー・リポート時代と変わらぬ超高速アンサンブルに死の影はない。これを聴くかぎりでは百歳くらいまでいけそうだが...

メンバー紹介の場面ではファンク・スターみたいな雄々しい声にもびっくりした。「イエイエイエー!」だもんね。しかし入院直前のステージでは声に力なく、手負いの猛獣のように痛々しい。ウェイン・ショーターと人生最後の「In a Silent Way」をやっている。

ジャコが死に、ザビヌルが死んで、か。

今日は洗濯してNHKのモニタ原稿をひいひい書いてコーヒーを入れて、熱がでなければ横になってからジャイナのテキスト翻訳作業して...

とか書いてたら看護師さんがやってきて瞬時にチューブ抜いていった。

ウィルス性膀胱炎完治です。

「救う」と「助ける」の違い

October 9, 2008

私どもが製作したキャシーの映画を見たことのある人がいますか? 全身麻痺で車椅子に乗っているお年寄りがダンスをするという映画です。

老人の手助けをする方法について、私どもは映画を製作したのです。そのとき対象にしたのは私たちと同じ六十代の老人ではなくて(笑い)、もっとずっと高齢の人たちでした。医療付き老人ホームで、麻痺のために車椅子生活を余儀なくされている八十歳から百四歳までの男女を選びました。元気もなければ頼る人もいないという典型的な高齢者の人たちに生きる方法を教えようというのです。

キャシーという名のダンス講師がダンスを教えるのですが、お話したように、老人たちは全身麻痺で車椅子に乗っています。キャシーはみんなの車椅子を円形に並べました。

普通ならカメラマンは、カメラに向かってニコニコと、楽しそうに、いい顔を見せようとしているお年寄りの姿を撮るところでしょう。ところがこれを撮ったカメラマンは、そうしませんでした。何と後ろから、ダラリとたれているお年寄りの足だけを撮影したのです。

ところが、チャイコフスキーやモーツァルトなどのクラシック音楽がかかってダンスがはじまると、なえた足が突然動きはじめたのです(聴衆から驚きの声)。それから、信じられますか? 老人たちは本当にのってきました。ひとりのおじいさんは飛び上がって車椅子をガタガタ鳴らして動きまわり、お隣のおばあさんをつかまえては、さわりはじめました(笑い)。いろいろなことが起こりましたが、一部始終を映画で見ることができます。

そのおじいさんはお隣にいたおばあさんと、あとで婚約したんですよ(楽しげな笑い)。もちろんおばあさんも花嫁になることを承知しましたが、どうも、花嫁になりたかったのは新しいドレスがほしかったからのようです!

E・キューブラー・ロス 鈴木晶訳『「死ぬ瞬間」と臨死体験  』読売新聞社 1997

気持ちは退院

October 6, 2008

あいかわらず熱がでて、ロキソニン飲んで、氷枕の流れ。お昼ころ熱がひいたら活動をはじめる。尿がちょっと黄色くなってきたか。

口内炎ひどい。唇が痛くて笑えない。掌の皮がボロボロで顔を洗うのにも台所用のゴム手必要。

味覚障害もあってごはんストップしてたが空腹すぎて薬飲むと胃が痛む。あと苦しいのは皮膚炎で、昼夜とわず痒みが襲う。深夜に小さなランプの下ひとり親水軟膏を塗る。ひどい時はかゆみ止めの注射を打ってもらう。そのほかにモルヒネの点滴。

外は寒いというが院内はまだまだTシャツ一枚でOK。結局ネットで「DESK FAN  」なる机上扇風機を購入したけど10月も現役フル稼働。これはお買い得だった。安かった。もっと早く買っておくんだった。

病院のジャガイモなしのジャガイモの味噌汁をながめながら、アウシュビッツのスープもそうだったとヴィクトール・フランクルが話していたのを思い出した。ジャガイモのニオイはするんだけども、箸ですくっても何もでてこない。たまに千切りの「何か」が入っている。だいたい病院のおかずは「〜風」というのが多くその「〜」とは似て非なるものであるという汚いトリックがある。

Mac Peopleのモニター募集でオリンパスの「ラジオサーバー VJ-10」が当たった。応募したのはもう2カ月も前だったか。39,800円もするらしい。トータルで1,200字ほどレポートを書けば自分のものにしていいらしい。

あとNHKのBS番組のモニターをはじめた。1月で15,000円くれるっていうので応募したけどやってみるとこれはかなり大変だ。1本あたり800字ほど書かなくてはいけない。ほんの20分程度のニュース番組にいったい何を書いたらいいのか初っぱなから困り果てている。

冷房ほしい

September 18, 2008

今日は体温39.4度。尿は赤。
ロキソニン飲んでも熱下がらず。
採血。
氷枕、熱さまシート。
昼メシ食えず。
尿の管痛い。

暑い。室温30度。
冷房入らず。まんじりともできず。
パンツ一枚になりたい。
考えられず。身の置き場なし。
なんか小さい冷風機みたいなの恵んでもらえないものか。

涼み

September 16, 2008

...暑中に灸(きゅう)をすえる感覚には涼しさに似たものがある。

暑い盛りに熱い湯を背中へかける感じも同様である。これから考えられる一つの科学的の納涼法は、皮膚のうちの若干の選ばれた局部に適当な高温度と低温度とを同時に与えればわれわれはそれだけで涼味の最大なるものを感じうるのではないか。

あるいは一局部に適当な週期で交互に熱さと寒さを与えるのがいいかもしれない。これは実験生理学者にとって好箇(こうこ)の研究題目となりそうなものである。

この仮説を敷衍(ふえん)すれば、熱い酒に冷たい豆腐のひややっこ、アイスクリームの直後のホットカフェーの賞美されるのもやはり一種の涼味の享楽だという事になる。

皮膚の感覚についてのみ言われるこの涼味の解釈を移して精神的の涼味の感じに転用する事はできないか、これもまた心理学者の一問題となりうるであろう。

寺田寅彦『備忘録

ションベン

September 10, 2008

尿:「こんなのションベン」だの「ションベンみてぇなもんだ」とかいつもオレ様を小せえことの代表に使いやがってこのー!

オレ様は怒っているぞーっ! こんなに真っ赤になっているぞーっ! 痛いだろう、苦しいだろう、ふふ、いつもオレ様をバカにしているからこんなことになるんだぞーっ!

オレ様の怒りが静まらないかぎり退院はできんぞわかってんのかーっ? すこしはションベンに謝れー、これまでの非礼をわびろー。

仁:やかましい! ションベンごときが赤くなったくらいで威張ってんじゃねえ! おまえなんかラシックス点滴してぜんぶ出してやる。どっかいっちゃえ。じゃあね。

尿:あ、もうちょっとそのぉ、ションベン側代表としてですねぇ...申し上げたいことが......ちょっと待っ......こんどウチの家内と食事でも......ゴボゴボ......

NHK 宗教の時間「本当の自分」抜き書き7

September 8, 2008

恐山院代...南直哉 【きき手】金光 寿郎

--「無我」ということもよく誤解される言葉なんですが...

無我っていうのは滅私奉公とは違うわけで、自分探しの対象になるような、確実な何かを設定しても、それは観念で現実には決してあり得ない、あるいは設定しても間違うということを言いたいんだろうと思います。

--そんな自我はありえませんよと

あり得ない。確実に押さえられる自我なんてないということだけを言いたいんだろうと思います。だからそれをひっくり返して、では今いるあなたは? といえば、それ以外のものとの関係のなかで構成されているものだというふうに言いたいんだと思います。

ですから無我っていったときにワガママをいわないとかね、説教か何かに短絡されるとですね(笑)非常によろしくない。それを言いたいんではなくて、もっと深刻な問題なんですよ。本当の自己をみつけて間違っちゃう人っていうのは(笑)。

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NHK 宗教の時間「本当の自分」抜き書き6

恐山院代...南直哉 【きき手】金光 寿郎

自分のやりたいこととか、自分の考えっていったときに、そういわれた人間は、さほど自分のことをまだ知らないし、わからないんです。もっと問題なのは、それを言ってるほうもたぶんわかってない(笑)。

わかっているかのごとくやってるんで、その人に「アンタの自分って何ですか」と聞いたらたぶん答えられない。

これはジレンマに陥る可能性が非常に高いんで、むしろ他者との関係を考えたり、他者との縁を大切にしていくなかで、自然に見えてくるものがあると思うんですよ。

「あ、これが自分には向いてるな」とか「これが自分がうれしいことなんだな」という実感ですね。その実感が自分のなかに積み上がっていくと、それが自然と自分と言われるものの輪郭を作っていくと思うんですよ。そんときにはじめて、自分の像というか、自己イメージみたいなものが、確かなものとして、実感として、ただの観念ではなくて手に入ってくるとぼくは思うんです。

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再々入院

September 4, 2008

明日病院に行くのですが、どうもそのまま入院となりそうです。
こないだ退院してまだ2カ月くらいしか経ってない。
2年生存の道はやっぱりきびしいナー。

NHK 宗教の時間「本当の自分」抜き書き5

September 2, 2008

恐山院代...南直哉 【きき手】金光 寿郎

よく若い人と話しているときに、本当の自分とか、あるいは本当に自分がやりたいことがわからないとしゃべっているときに、考え方変えればいいんじゃないかと思うときがあるんですよ。ひとつは、本当の自分なんぞはどうでもいいんであって、そのときにその人が何が一番大切なことで、誰が一番大切な人なのかっていうことを考えてみりゃいいと思うんですね。

自分がいちばん大切だと思うことを大切にしていけばいいし、自分が一番大切な人を裏切らないようにしていけば、自然に道が開けるんじゃないかと思いますよ。

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NHK 宗教の時間「本当の自分」抜き書き4

August 30, 2008

自分自身のなかに絶対的な根拠があるって考えることはまずやめたほうがいい。何かある方法で、ある宗教や思想を信奉して従っていくと、いつかは絶対的に正しい自分と、絶対的に正しい判断基準を提供してもらえるっていうふうには思わないほうがいいんじゃないかと思うんですよ。

--これさえあればあなたは安心ですよ、と言われるようなものは警戒したほうがいいよと。

したほうがいいと思います。つまりある宗教とかある教えとかさまざまな考え方があるでしょうけれども、やはり生きるときの道しるべにはなってもゴールにはならない

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NHK 宗教の時間「本当の自分」抜き書き3

--枠のなかに入って閉じこめられてしまうような感じになってしまうと...

それはまずいと思うんですね。オウム真理教がでたとき、私の属しているのは曹洞宗ですから、山に籠もって修行する、あるいは座禅するっていうのが似てる、出家っていうのが似てるってよく言われたわけですよ。

仏教はもともと出家という制度をとっていますから、家から離れて僧団に入るっていうのがスタイルなので、一般の人にとっては誤解されるわけです。どうしても違うのは、ああいったカルトチックな宗教は、家族や部外者と信者をとにかく切断して、囲いこもうとするわけです。

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かみ歩きたい

toramai.png青森県南地方の伝統芸能、虎舞。八戸三社大祭では虎舞を演技するほかに、えん道の人たちの頭をかんで歩く。(東奥日報2008.8.28夕刊より)

これ絶対かむほうが楽しい。

NHK 宗教の時間「本当の自分」抜き書き2

恐山院代...南直哉 【きき手】金光 寿郎

--ある若い青年が、あるグループに入って、彼は「生きがいを見つけた」と思っているようですけれども、実はその顔はですねぇ、仮面みたいな顔で、思いこみの方がけっこういますね。

そうなんです。共通するのは「自分探し」をするような人というのは、ものすごく真面目な人がいるわけですよ。そういう真面目な人が、ある価値観念に出会ってそれに強くコミットするとですねえ、みんな似たような顔になるんですよねぇ(笑)。

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NHK 宗教の時間「本当の自分」抜き書き1

August 29, 2008

恐山院代...南直哉 【きき手】金光 寿郎

--南さんは「本当の自分を探す」という言葉を聞くとどんなことを考えますか?

「本当の自分」という言葉で何をその人が問題にしているのかっていうことなんです。よく聞いているとですねえ、その「本当の自分」というのは、「今の自分はどうすればいいのか教えてくれるもの」みたいなんですねえ。

今の世の中は、自分で何かをしなきゃいけないということを強調する社会ですから、まず個性的でなければいけない、それから最近の風潮では自己責任とか、自己決定とか常に言われる。しかし決定したり選択したりするには根拠がいりますから、価値判断の。何に基づいて決定するのかが常に問題になる。

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三沢まつり大仮装行列

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愛すべき人びとだナー。黒いヒトいいナー。参加したい。

「自分探し」という無駄骨

August 28, 2008

plan.jpgまえから「自分探し」という言葉に胡散臭いものを感じていた。ちかごろはこの手の本が書店にあふれているし、通信教育や語学学校のキャッチコピーにも安易に多用されている。まるで自分探しをしないと幸せな一生を送れないかのようなふれこみようではないか。子どもたちに課題として与える学校もあるというから呆れかえる。

自分探しの裏側には、「やりたいことがみつからない」とか「何をしてもつまらない」とか「いまのままでいいのだろうか」とか、そんな自分にたいする焦りにも似た感情が若年層、あるいは中年層にまで浸透しているせいであろう。中には手っ取り早いところでスピリチュアル系、占い、新興宗教に救いを求めるものも多い。ここらへんの層がいいカモになるから宗教渡世はずいぶんと儲かるらしい(ただの水がウン万とかね)。

昔から、宗教家は「信者が三人いれば食っていける」といわれるが、どうも日本人の多くは個々に無宗教を謳っておきながら、いやだからこそケチな宗教にいとも簡単に引っかかってしまうようである。ちょっとした風邪のウィルスにすぐ感染し流行する。だから国の最高学府を出た人間がサリンをばらまくような始末になってしまう。

「神なき時代」に生きる我々は、もっと宗教家という連中にたいして免疫力をつけるべきだ。目利きになるべきだ。これは人生の早い段階ほどよい。ただし宗教を教育に用いるべきではない。「こういう連中がいる」ということを予防接種させるだけでよい。

なんてことをモヤモヤと考えつつ、かといってぴったりの言葉もさがせずに数年が過ぎてしまったが、8月10日・NHK第2放送「宗教の時間」で福井市霊泉寺住職、青森県恐山院代の南直哉(じきさい)さんがまったく痛快かつ禅僧ならではの解を与えてくれた。南住職はその舌鋒の鋭さから「恐山の論僧」と称されることもあるそうで、たしかに彼の人を喰ったような語り口は一般の僧侶の印象から大きくはみ出している。しかしその切れ味たるや聴き手を圧倒する説得力というか、本源力のあるものだ。

本当は冊子か、トランスクリプトかせめてサマリーでもNHKのWEBにアップされていればいいのだけれども、それは投書で申し上げることにして、ここでは小生が抜き書きしたぶんだけアップしておこう。(続く)

教養のある人

August 27, 2008

教養については、
学校や学歴がどうだということとは
全然関係ないよ、と思います。
今の現実と、昔の現実を
よく考えあわせられる人、
そういう人がいたら、それが教養のある人です。

知識がある人はたくさんいるし、
専門家というのもたくさんいます。
その人はある分野について
よく知っていることはわかりますが、
それは、日本の社会の全体や大多数が
どうなっていて、
どう展開し、どうなっていくかを
わかる人でしょうか。

東京大学の先生だから、教養があるかというと
それは全然違うことなんです。
東大の先生は、知識はあるに決まっているわけで、
それは「専門的に」あるということです。
教養があることとは、違います。

吉本隆明のふたつの目

関連記事:無教養な専門家

極北、イヌイット以前に「巨人」いた

毛髪で伝説裏づけ
極北地域に最初に移住した人種は、現代のイヌイット(エスキモー)などと異なることがわかった。コペンハーゲン大などの研究チームがグリーンランドの遺跡から見つかった毛髪のDNAを調べた。イヌイットの間には大昔、先に住んでいた巨人を祖先が追い出したとの伝説があり、これと符合する。米科学誌サイエンス(電子版)に発表した。

グリーンランドやアラスカの極北地域には約4千年前までには東アジアから人類が移住していたことが確認されている。これまでは極北に住んだ最初の人類がイヌイットの祖先だと考えられてきたが、現代のイヌイットにつながる、鯨を食べる文化が起こったのは約千年前で、矛盾があった。

研究チームは、グリーンランドの約3千年前の居住地跡から見つかった凍結した人の毛髪から母方の祖先をたどれるミトコンドリアDNAを調べた。その結果、遺伝子は現代のイヌイットやアメリカ先住民とは異なり、シベリアやベーリング海峡の周辺の住民と似通っていた。

イヌイットの間には「極北地域にはツニートと呼ばれる心の優しい巨人が住んでいた。だが我々の祖先を見たら、目から血を流して逃げた」という伝説がある。国立民族学博物館の岸上伸啓教授は「アジアからの移住が数回起こり、先住民を駆逐することで文化ががらりと変わったのではないか」と話している。

朝日新聞 2008.6.3

出発点は心地いい感覚

August 23, 2008

年末大バーゲンセールのデパートの売り場で流れているベートーベンの名曲「第九」も、他の客を押しのけんばかりに奮闘中の主婦にとっては、ただの「雑音」に等しい。

その反対に、夕方おなかペコペコで家に帰ってきた子どもにとって、台所から聞こえてくるお母さんの包丁の「トントントン」という音は、晩ご飯の場面で浮かんでくる心躍らせる「音」だ。その子にとってはまさに「音楽」そのものだ。

楽譜に書かれたものが音楽だと思いこんでいる人が多いが、音楽であるかどうかは、「音」を聴いたその人が決めることだ。

同じ音でも人によって感じ方は違う。自分の感覚で心地いいと感じることが出発点だ。

「教育を考える8 橫川雅之さんに聞く」東奥日報 2008.8.23
授業にすぐ役立つ!音を楽しむ音楽の旅 

緒川たまき、こんどは古楽器

NHK-FM
「シリーズ・音と楽器をめぐる旅 -ヨーロッパ古楽器紀行」
放送日 :2008年 8月27日(水)〜28日(木)
放送時間 :翌日午前0:00~翌日午前0:45(45分)

昨年5月放送の「クラシック三昧」に続いて今年は古楽器ネタで逸脱しまくりでしょうか。

日本テレビ
番組名:Music Lovers
放送日時:2008年8月24日(日) 23:30-24:00
内容:サカモトとコモンズアーティストのコトリンゴ、
口ロロによる一夜限りのスペシャルエコライブ。
サカモトのピアノの演奏もあります。
ぜひお見逃しなく!
関連WEB: http://www.ntv.co.jp/mlovers/index.html

NHK総合テレビ
番組名:100年インタビューセレクション
放送日時:2008年8月26日(火) 1:45-3:00
内容:100年インタビューの番組の中で、3日間に渡り
セレクトされた3回のみ再放送される第一夜に登場します。
関連WEB: http://www3.nhk.or.jp/hensei/program/p/20080825/001/21-0145.html

NEW RELEASE
待望のcommmonsによる音楽全集
「commmons:schola(コモンズ・スコラ)」第1巻。
9月24日発売決定。

坂本龍一完全監修の「音楽全集」が
いよいよ9月24日より始動します。
commmonsならではの選者によりセレクトされた
楽曲をコンパイルしたCDと、
歴史的背景を網羅した120ページの
ブックレットが一体化した音楽全集シリーズ「commmons:schola」。
第1弾は、サカモト自らのセレクトによる
J.S.Bach(バッハ)が発売されます。

NHK-FM夏期特集 大貫妙子~懐かしい未来~

August 18, 2008

懐かしい未来
平成20年8月22日(金)23時00分~25時00分
大貫妙子がメインパーソナリティだそうです。対談ゲストとして坂本龍一も。

モルヒネ・ヴァリエーションズ2-1「医療博物館」

August 15, 2008

私はまた目覚めた。

「オレはたしか砂浜で棺桶に入れられて死んだはすだが...」

壁は白かった。どうやら小さな病室に寝ているようだった。身体に目を向けると、円形状の板に固定されていて、胸の中央には5センチほどの穴が開いていた。透明肉厚のチューブが何本もつながれており、その先には油圧ポンプのような大型の装置がドクドクと脈動していた。研修医Pがいつものように気弱な表情で操作盤と格闘していた。疑似血液がチューブを通して流れ込むたびに、私の身体は上下方向に痙攣し、呼吸は苦さを増した。

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わだは極楽トンボになる

August 12, 2008

お盆の時節となりました。

友人や親戚、従姉妹たちがわざわざ遠方から訊ねてきてくれます。

懐かしさというより、生きてこうしてまた会えたこと自体がうれしくて、ほっとして、帰ったあとは落ち着いた後味だけが残ります。生きてて良かったと。

いま自分からあちこち出向くことができないから、誰かに会いたくても相手が訊ねてきてくれるのを家でじっと待つしかない。まんまアリジゴクです。

でもアリジゴクにだって夢はある。いつかは極楽トンボに羽化して東京や仙台を飛来しまくってやる...そんなことを念じつつリハビリを続けています。

いつもお手紙、メール、美味しいもの、面白いもの、送ってくれるみなさんありがとう。
また手紙書きます。

他人の口から"半盲"はグサッとくるもんだ

August 2, 2008

昨日は朝5時起きて病院行きました。予約は8時半だけど弘前〜青森は片道1時間半かかるから。

視野狭窄の人向けのプリズム眼鏡があるというので少しでも見やすくならないかと期待してやってきたわけです。

いろいろレンズを変えて試してみましたが...ぜんぜん見やすくなりません。むしろボンヤリして頭が痛くなりました。眼科医が言うには

「narajinさんのような人は半盲っていうんですけれども、両目とも左半分の視野が完全に欠損しているので、眼鏡ではよくならないですねー。明るいものだったら見えるとか、同じ半盲でも程度の差によっては眼鏡でよくなる人もいるんですが...

よく壁にぶつかったり、モノを蹴ったりしてしまうので、左側がまったく見えてないことは人に言われなくてもわかってましたが、だったら試す前に言えっつーのと思いました。それにしても他人の口からハッキリと半盲と言われるのは、わかっちゃいるけど心にグサグサくる。もう治らないってわかっているからいいかげん打たれ強くならなくちゃいけないんだけどね。

落ち込んでいたら介護ヘルパーさんが「だんだん体力ついてきてるから眼もそのうち良くなるよ云々」。わかったような口をきくなといいたい。家に帰ってからも怒りと絶望とで親とか客人にまで八つ当たりしてしまって、疲れて早く寝てしまった。

さーてプリズム眼鏡でなんとかならんかという期待は脆くもなくなったし、いよいよ覚悟しなくてはな。

いろいろ試してみて顔だけ左に45度向いて歩くのがいまんところいちばん見える。これで歩行車で外歩いたら見た目はまんま「めくら」だけど、これからはもう外見とか気にしてられないな。変なプライドは捨てたもんだと思ってたけど、まだまだカッコつけてたな。

Death,Dying

患者の命が尽きるときがやってくる。痛みは消え、意識は遠のく。ほとんど何も食べなくなり、周囲のことも闇同然でわからなくなる。そういうとき患者の近親は、病院の廊下を行ったり来たりして、その場を去って自分の生活に戻るべきか臨終にそなえて控えているべきか迷いながら、死を待つ苦しみに耐えている。

E・キューブラー・ロス 鈴木晶訳『死ぬ瞬間  』p390 読売新聞社

自分の経験からすると、死ぬ瞬間にいたっては意識もないし、痛みもないので死を怖がる必要などまったくないと思う。ヴィトゲンシュタインの語るように、Deathが「生の出来事ではない」とすれば、それは経験不可能であり、恐れる必要もないということになる。(*1)

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ツガルとツィガーヌ

July 31, 2008

五木 これは、前に長部さんにどこかの酒場で、ちらっと話をして苦笑されましたけど、津軽の語源というのは、まだはっきりはしてないでしょう。ツガルという言葉が日本の歴史の上に現れてきたのは、そんな古いことではない、といいますが、ロシア語でジプシーのことをツィガヌというんです。絃楽器に優れたグループです。

昔、カラフトと津軽半島あたりが地つづきであったとすれば、シベリアにはジプシーが多いし、アラスカにもいますから、そういう一族が蝦夷といわれたグループのなかにいたんではないか、と考えられるわけだ。それにジプシーのカーッとするところも似ているし、だからツィガヌの国だというのが、ぼくのこじつけなんです。これは学問的にはどうでもいいんだが、想像力の壁を破りたいわけです。そうすると、ツガルから東ヨーロッパを回ってインドまでいっちゃうからね。

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平均律はぜんぶ不協和音

July 28, 2008

電子ピアノの優れ機能
まだ東京にいたころ友人が電子ピアノを買うというのでお伴したことがあった。そのときしきりと感心したのは、どの機種も古典調律(ピタゴラス音律、中全音律、不等分律)にワンタッチで切り替えできるところである。西洋音楽は時代ごとにさまざまな調律法を開発してきた。それを手軽に弾き比べできるどころか、曲の途中で調律をチェンジするという離れ業だって難なくできてしまう。コンサート・グランドには絶対できない芸当だ。MIDIで作られた音にはどこかのっぺりした印象があるけど、ここらへんには素直に感心した。

この曲どちらの方が心地よく感じますか?
MIDIによる調律法聴きくらべのページ

楽器だけでなく、バロック〜古典派の楽曲を古典調律でプレイしたCDがフツーに買えることもあって、聴く側の選択肢もずいぶん広がった。しかしコンサート・ホールではいまだ平均律が支配的なんじゃないか。

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スコット・ロスのスカルラッティに痺れた

July 23, 2008

Sv506464.jpgSTIL1805S73.jpgいつものようにNHK-FM「バロックの森」を寝ぼけまなこで聴いていたらとんでもないチェンバロ演奏が耳に飛びこんできた。

番組表を見るとそれはスカルラッティの「ソナタニ短調」で、演奏者はスコット・ロス(Scott Ross)。急いで調べてみるとこの人はチェンバロ界のグレン・グールドというべきたいへんな鬼才であることがわかった。

...1971 年、スコットはブリュージュへと戻ってきた。彼の身なりはコンサートホールの中にどよめきを巻き起こす。すなわち、彼はジーンズを履き、肩までとどく長髪を見せつけたのであった...
『未完の運命 --スコット・ロス伝--』ミシェル・E・プルー著 Scott Ross礼賛より引用

これはスコット・ロスがブリュージュ国際チェンバロ・コンクールにおいて文句なしの優勝を勝ち得たときのエピソードである。しかも彼は全ての曲を暗譜で弾き切ったのであった。当時のコメントがまたふるっている。

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太宰の「棟方志功」

July 22, 2008

 私が中学の二年生の頃、寺町の小さい花屋に洋画が五、六枚かざられていて、私は子供心にも、その画に少し感心しました。そのうちの一枚を、二円で買いました。この画はいまにきっと高くなります、と生意気な事を言って、豊田の「おどさ」にあげました。おどさは笑っていました。あの画は、今も豊田様のお家に、あると思います。いまでは百円でも安すぎるでしょう。棟方志功氏の、初期の傑作でした。
 棟方志功氏の姿は、東京で時折、見かけますが、あんまり颯爽(さっそう)と歩いているので、私はいつでも知らぬ振りをしています。けれども、あの頃の志功氏の画は、なかなか佳かったと思っています。もう、二十年ちかく昔の話になりました。豊田様のお家の、あの画が、もっと、うんと、高くなってくれたらいいと思って居ります。(太宰治『青森』青空文庫)

彫る/棟方志功
松岡正剛の千夜千冊「板極道」
棟方志功記念館

モルヒネ・ヴァリエーションズ1-3

July 15, 2008

目が覚めると女性が座っていた。
列車の窓が大きく開け放たれていて、その窓枠に手足が長い背高の女が窮屈そうに足を折り曲げて腰かけていた。

「naraさん私のことおぼえてる?」

看護師のZさんだった。Zさんがここにいるってことはもしかしてやっぱり死んでないのか? とにかく新しい展開が起こったことに私は興奮した。この世界で初めて会う人間に声が上づった。

「忘れるわけないっしょ。でもなんでZさんがここにいるの? オレの受け持ちでもないのに」

「今日はさ、naraさんを埋葬するはんで、ヘルプさ来たの。あとでXさんも来るがら」

「オレの埋葬?」

「うん、私は死んでないと思うんだけど、みんなもうnaraさん死んでるはんで看護しなくていいって」

「だってこうやって話してるし、死んでないよ。オレも死んだって思ってたけど、Zさんと話してるんだから死んでないよ」

「わだしはnaraさんが死んでるかどうか自分で決められないのさー。朝のミーティングで主任に言われただけで。ごめんねー」

二人はいつまのにか海岸にいて、静かに波が打ち寄せる砂浜を歩いていた。空は曇ったままだった。後方から年配の医師と看護師のXさんが我々を追っていた。二人は六角形をした木製の棺を重そうにかかえていた。砂場なので歩きにくそうだった。

「じゃこれから埋葬しますからねー。話はだいたい聞いてるよね?」

初めて見る医者だった。歳は六十路くらいだろうか。品格のにじみ出た厳しい表情をしていた。この作業に手慣れている様子らしく、彼は無駄口をいわず事務的に処理を進めた。

私の身体は、小学生のころ家にあった足踏み式ミシンの上に移され、棺の真横に寝かされた。ちょうど病院でベッドからストレッチャーに移すときのように、3人は私のカラダの各部を一気に持ち上げようとした。そのとき、突然Zさんが急に手を離して叫んだ。

「やっぱり私でぎない。naraさん生ぎでる! 生ぎだまま土さ埋めだりとか私できない!」

私の身体はバランスを失って砂の上に崩れ落ちた。

...そうだよ、Zさん、オレ生きてるよね。みんなにちゃんと説明してよ。話できるって...

みなの声は聞こえるのに、自分の声は誰にも聞こえないらしかった。Xさんが叫んだ。

「何いってるの! 私も最初生ぎでるって思ってらけど、眼鏡かげでよぐ見へんが! 身体中にカビ生えでるべさ! あんた近眼だはんでわがらないんだよ。私も目悪いはんで生きでると思って看護してきたけど、他の人は死んだってわがってらんだよ。知らなかったの私たちだけだったんだよ。見へんが! これだばドロドロの青カビのほうがまだましだべ! 気持ち悪い。早く埋めて帰るべし!」

年配の医者は暴れるZさんを押さえこんだ。Zさは精神が錯乱したようで砂場に座りこんで動かなくなってしまった。

二人はなんとか私を棺におさめ、医師がその蓋を重そうに棺の上に置いた。太い木枠に厚手のガラスがはめ込まれており、表面には真鍮製のプレートが錨打されていた。そこには次のような刻印字がみえた。

--生きながらにして死んだ男、ここに眠る--
彼は生前、何事も成すことなく、全てを無為のうちに過ごした。彼は自らの死さえも完遂することができなかった

モルヒネ・ヴァリエーションズ1-2

July 14, 2008

朝起きたら一通のハガキを手に持っていた。
差出人は姉だった。

お、なんか新しい展開だぞ。もしかしてまだオレ死んでないんじゃないのか。まだ生きてるんじゃないのか...

こんにちは。
あんたが眠っているうちに酸素の血中濃度も96〜98%といい感じだよ!
そうそう、先生が喉に鈴を入れましたって。息するたびにカラカラ音するべ。
ちょっと痛くて大変だと思うけど、肺がよくなったら外しますって言ってたから。
目が覚めたときには気分も爽快! 肺炎も完治で帰れるよ。
ダブルもトリプルもハッピーだなあ。楽しみに眠っていてね。
負けるな。あきらめるな!一緒に戦うぞ。
おねえさんより

たしかに動くと喉の奥からコロコロ音がした。唾を飲むたびに痛みが走った。そういうことだったのか。

でも喉に鈴が入りっぱなしということは、肺炎治らなかったんだろうな。血中濃度はいい感じだったんだ。でも病院でなく知らない場所に一人でいるっていうのは、やっぱり死んだんだな。

でも明日になればまたなんかあるんじゃないか。もう一日だけ待ってみようかな...

モルヒネ半覚半醒・ヴァリエーションズ1-1

July 12, 2008

気がついたら列車の座席に座っていた。
車窓から外を眺めると、線路が何本も並んでいて、塀の向こうには巨大な発電機が幾台もみえた。どこか大きな駅に停車しているようだった。
車内に乗客は誰もいない。
そのまま一日が過ぎた。

翌朝も変わらぬ風景だった。電線で分断された空もおなじく曇っていた。

そんな日が数日続いた。列車はいつまでたっても始動する気配はなかった。

...何か変だな。何も変わらないっていうのは。この列車は何で動かないんだ。そもそもここでオレは何してるんだ。何でこんなところにいるんだろう。

窓枠から見えるのは毎日まったく同じだ。これが毎日続くならほんと死んだほうがマシだな......あ、オレ死んだのか。そうか、オレ死んだんだな。思い出してきた。そういえば病院にいたもんな。ということはここは地獄なのかな。もう死んだんなら自殺もできないってわけか...困ったな。未来永劫ここから出られないのか。何万回と同じ一日をここにいるんだ。線路だけ眺めて。

いやあ人間てけっこうあっけなく死ぬもんだな。死に際に誰にも会えなかったな。お母さんに悪いことしたな。

どうやって死んだのかな。呼吸が苦しくて人工呼吸器に同意したとこまでは憶えてるんだけど。午後からぜんぜん記憶ないし。息が苦しくてもあのまま我慢すればよかったのかな。そうすれば死ななかったかもな。人工呼吸器って意識もなくなっちゃうんだな。知らなかったな。

でも明日になればなんか新しいことないかな。もう一日だけ耐えてみようかな...

そんな日がまた幾日も続いた。空は曇ったままだった。

トム・ウェイツがホタテに化けた

July 7, 2008

P1010135.jpgCDじゃこうはいきません
レコ療法 今回の入院でまた音楽療法士さんにお世話になりました。写真はその一例というか、わしがレコスケだと知ってわざわざご自宅からプログレのLPを持ってきてくれたもの。このとき下痢でかなり弱ってウツウツしていたのですが、レコ好きにとっては最高のエンパワメントになった。こういう音楽療法もアリでしょう。しかし看護師も医師もまったくツッコミなしというのは寂しい。

研究発表決定
8月に開かれる「第8回日本音楽療法学会学術大会」の緩和ケア領域の研究発表の部門に小生を素材にした論文が採用になったとの連絡をいただきました。前回の入院中もふくめてたいへんお世話になったのでこういう形で恩返しができてよかった。これを機に血液内科病棟でもっと音楽療法が導入されることを望む。

トム・ウェイツだった
同じ病室にいた50代後半のオヤジさんがアル・パチーノ主演の「シー・オブ・ラブ  」という映画のエンディングテーマをすごく聴きたいんだが、CDを探しても見つからない、もう一度きけたらなあ、と話していて、じゃあ音楽療法士さんに見つけてもらおうという話になった。

療法士さんはご丁寧にも元のDVDをツタヤからレンタルしてきてくれた。なんと歌っているのはトム・ウェイツ。そこでわしがAudio Hijackで音声のみリッピング、CDに焼いてお向かいさんに渡す。「この曲ですか?」彼はヘッドフォンで聴きながら親指をつきだした。長年さがしていたものがみつかった時の人の顔ってうれしい。

ホタテに化けた
数日後。オヤジさんからCDのお礼にとホタテ干物をたっぷり6パック分いただいてしまった。彼はなんと陸奥でホタテ養殖を営む漁師さんなのであった。

病室中に濃厚な香りが充満する。そのまま噛んでみると唾液でホロッとくずれてウマミがじゅっと口の中に広がった。これはたいそうな値がつくものであろうと直観した。

音楽療法士さんにも3パック渡したが、何のリアクションもなかった。わかってないんだろうなあ。

食べるために生きる

July 6, 2008

昨年の退院から半年強、とちゅうサイニューインもあったけどなんとか夏をむかえることができました。

下痢も退院したらウソのように止まり、けっきょく単なるストレスだったようです。こういうのを近頃では「過敏性腸症候群」というそうで、下痢になるのは男性に多いらしい。姉は「入院症候群」というウマイ言い回しを教えてくれた。

今いちばんうれしいのはゴハンが食えるようになったこと。まあステロイドをしこたま投与されているので薬物的ガルル状態というのもあるが。なんにしてもゴハンがおいしいのはいい。

味覚障害がよくなって素材の微妙なテイストがわかるようになった。これまではイタリアンとか麺類とか味付けのハッキリしたものでしのいでいたが、やはり地場の野菜・山菜・魚介は素のまま味わいたい。

とくに田舎だと、近所や親戚からの貰い物がけっこうあってあまり買い物しなくても毎日なにかしら食べてるという、都会の一人暮らしでは考えられないゼータクさがあります。ついさっきも親戚の叔父さんが野菜をどっさり置いていきました。スイカとメロンも。これで親子二人とうぶん食っていける。

ちかごろ出色だったのはご近所からいただいた茨城のカボチャ。茨城が野菜王国だというのは前からきいてましたが、ウマさの次元が違う。なるほどブランド化できるわけだ。

新潟の友より頂戴せし「ふのりそば」は冷やしなめこおろし蕎麦にして食した。温麺より冷やしがいい。新潟も個性的な食文化をもっているなと感服した。きっと自分が知らないだけで全国にはウマイ蕎麦があふれているんだろう。

サイニューイン前に山形の友からもらった「冷たいラーメン」はもうちょっと便が堅くなったら挑戦してみよう。口内炎で熱いものNGなのでちょうどいい。

にしても暑チー。

ただ、歩く~半身マヒの体で挑む四国300キロの旅~

July 4, 2008

2度の脳内出血に襲われ、左半身に重い障害がある高橋良三さん(60歳)。2008年春、四国300キロをひたすら歩く過酷な旅に挑戦した。高橋さんは病に倒れる前、世界中を飛び回る営業マンだった。生きる希望を取り戻すためにひたすら歩き続ける高橋さんの旅に密着する。

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人間は自分の思いの主人です

July 1, 2008

よって人間は、自分の人格の制作者であり、環境の設計者なのです、私たちは、自分が望んでいるものではなく、自分と同種のものを引き寄せます。口先だけのきれいごとやたんなる夢物語の類は、成長をことごとく阻まれますが、もっとも内奥にある真の思いや願望は、たとえそれが清らかなものであろうと、けがれたものであろうと、それ自身の食べ物をもち、それによって着々と育まれます。

私たちの魂さえも、誕生に際して、それと同種の肉体にやって来ます。そして魂は、この世界における学習体験をひとつひとつ積み重ねながら、その時点における自分の気高さ(あるいは卑しさ)と強さ(あるいは弱さ)の如実な投影である環境を、次々と自分のもとに引き寄せます。

私たちの運命を決定する神は、私たち自身の内側にいます。私たちの思いこそがそれなのです。私たちは、自分自身によってのみ束縛されます。思いや行いが「不運の悪魔」として機能するときにです。そのときそれらは、私たちを束縛する忌まわしい「看守」たちです。しかし、それらはまた「自由の天使」としても機能することがあります。そして、そのときそれらは、私たちをあらゆる束縛から解放する「救済者」たちです。(p26)

ジェームズ・アレン『原因と結果の法則  』サンマーク出版

時代を超えて人類を勇気つけてきた英国の賢者 ジェームズ・アレンとは

カラダは心の地図帳

目 心の動きが表れる
・目が曇る
・目が泳ぐ
・目がくらむ
・目が回る

首 思考の柔軟性が表れる
・首が回らない
・首をすくめる
・首をひねる

肩 情緒・責任感が表れる
・肩が凝る
・肩に力が入る
・肩を怒らせる
・肩を落とす

胸 感情の流れが表れる
・胸がつまる
・胸がふさぐ
・胸騒ぎがする
・胸を痛める

背筋 信念が表れる
・背を向ける
・背筋が寒くなる
・背を丸める

腹 快不快の生理感情が表れる
・腹が立つ
・腹にすえかねる
・断腸の思い
・腹がすわらない

腰 行動力・忍耐力が表れる
・腰がすわらない
・腰がくだける
・腰を抜かす
・腰が重い

膝 プライドが表れる
・膝を屈する
・膝が抜ける
・膝が笑う

脚・足 意欲・希望が表れる
・二の足を踏む
・勇み足
・地に足がつかない
・足を取られる

皮膚 自意識が表れる
・うそ寒い
・肌に栗を生ずる

「ムー7月号特別とじ込み付録」2008年7月1日発行 学研

なすびの花

June 30, 2008

窓を開けて庭をながめる。
ナスが鮮やかな紫をおびてきた。
緑に紫ってのもいいものだなあ。
自然の色はすべて間違いない。

「ナスの色づいた部分はかならず実になる」と母が横から出てきていう。へぇ、というと、

「親の意見となすびの花は千に一つの無駄もなし」だって。

家のメシ

June 28, 2008

木曜日は最悪だった。
朝から下痢がとまらずフラフラになって夕飯が食えずかわりにバナナを食ったら吐き気がして腹が痛くなって。痛み止めを打って寝て終わった。

金曜日は朝から元気元気で下痢もぜんぜんなくたくさん動いた。

そしていま自宅にいたりする。
やっぱり家がいちばん。

病院は3週間が我慢の限界。
てっきりGVだと思っていたけれど下痢の原因は精神的ストレスがけっこう大きかったみたい。

病院のマズ飯から放たれて道の駅で買ってきたスナップエンドウとか、庭からとれたパセリとかバジルとか、サヤエンドウの味噌紫蘇巻き(津軽)、山菜のミズと油揚げの炒めとか。ただの卵焼きがただひたすらうまい。アッサムティーを何杯も所望する。

昼はわかめとこんぶをたっぷり入れて稲庭うどんにしよう。しょうがをちょこっと添えて。つゆは牡蠣醤油の白だしがいい。

「あんたが腹を立てるのはたいてい食い物のことだ」

とまえに母にいわれたことがある。逆に機嫌がいいのもたいてい食い物だなあ。

とにかくまた家のメシが食える喜び。下痢よ止まれ。

残しちゃいけないもの

June 25, 2008

6月24日放送の「プロフェッショナル 仕事の流儀」で、専門看護師の田村恵子さんが「心残さず、生ききる」という言葉を話されていた。

末期ガン患者との最後の時間を何千回と経験されたなかでたどり着いた言葉であるという。

自分の臨死体験と重ねて
ちょうど昨年の6月、わたしは間質性肺炎によって意識を亡くしていた。いや、実際にはモルヒネによって半覚半醒の状態にあったのだと思う。つねに幻覚に悩まされた。いや、幻覚だったのかどうかもわからない。あるものはまさに臨死体験としかいいようのないものだった。幽体離脱も繰り返し、自分の肉体を外から何度も眺めた。

このときの記憶はいまでも私の恐怖の源泉であるとともに、生きるということ、死ぬということは何なのかを教えてくれた神秘体験でもあった。この日いらい、迷いはなくなった。そして、死んだあと何が残るのか、何を残しちゃいけないのかという自分だけの原理ができていた。

このときの臨死体験からたどりついた確信と、田村さんのことばとの一致におどろいた。いや、こういうと番組を見ていない人が誤解するから、自分が勝手にそう思った、そう思いたかったとしておきたい。

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骨髄移植は10割負担? これから治療される方へ

100万単位の請求がある日とつぜん郵送されてくる
骨髄移植をした月(移植月)の入院費は、ドナーさんが他の病院で骨髄液を採取した際の入院費も合算され会計処理が複雑になるため、請求書発行までに数ヶ月〜1年を要します。

ですから、たいていのばあい患者さんの退院後、ゼロがいくつも並んだ請求書が本人も忘れたころにいきなりやってきて青天の霹靂とばかりにショックを受けることになります。

HLAの検査料や、骨髄バンクを通じてのドナーさんコーディネート料など、骨髄移植の準備にかかった費用は健康保険が適用できないため、患者さんの全額負担であることはよく知られています。そこで患者仲間の間では、「移植月のドナーさんの入院費も患者の全額負担だ」というウワサがまことしやかに流れていました。

自分も自分の請求書が届くまで、結局たしかな情報が得られずドキドキしていました。このお金のない時期に百万円単位の請求がきたらもう終わりだなと。

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明日にはまた明日の力

宮城の友によれば区内はおおむね軽い揺れですんだようです。

こっちは昨日地震でもないのに倒れてしまいました。

もよおしてトイレに立ったまでは記憶がある。気がづいたら点滴ごと床に倒れていた。怖いのは大部屋なのに誰も気がつかないこと。点滴台が床に叩きつけられたときかなり衝撃音がしたと思うのですが。たまたま廊下を通りかかったS看護師が床になにやら緑の塊(寝間着)が落ちているので? と近づきやっと発見された。

自分でもなんで倒れているのかわけがわからないまま車椅子に移されて、とにかく下痢が出そうだったのですぐトイレに直行。便器に移るにも足腰が立たん。そして嘔吐。

洗面所でうがいしていたら今度は急に悪寒が襲ってきた。ベッドに戻って血圧と体温、酸度を測定。38度を超えている。布団をかぶってぶるぶる震えていたら先生がきて、「いま入れてる人免疫グロブリンのせいかもしれない」という。そういえば点滴してたんだっけな。この薬は血液製剤なので輸血といっしょでたまに大当たりすることがある。前もいちど高熱をだした。それにしても意識までもっていかれたのは今回がはじめてだ。

ステロイドを注射したら安定し、夜には熱も下がったのでミニ冷蔵庫を開けた。何度吐いても食うたくましさは身についた。食わねば退院できない。

今日は朝からすがすがしく調子がいいのでこうしてブログなど更新している。その日になってみなければその日の体調などまったくみえてこない。ダメな日はああ、今日はダメだなあ、と思うけど、明日にはまた明日の力が新たに与えられる。

いま自分にもとめられているのは、今日を生きること。できれば心地よく。

と、調子のいい日は言っておこう。

どんでらば

June 21, 2008

宮城のみんな息災でらがー。
いまどんでらばー。
テレビ見れば心配になってまねじゃ。

昨日は下痢止まらなくて痛み止め2本打った。カップ麺くだったのかも。
今日は穏やかにすごせますように。

サイトメガロウィルスはなんとか消えたけど、ほんとうにいなくなったかどうかもうちょっと様子見するってさ。また退院延期。もうそろそろ病院もうんざりしてきたなあ。やること作らないと。ジャイナ巡礼地フォトでも地道にレタッチするか。

冷房の入らない病棟は灼熱地獄。寝てるだけで体重減りそう。

Marco - ending castellano

June 20, 2008

Rainy Days And Mondays

June 18, 2008

The Carpenters
Rainy Days And Mondays

Talkin' to myself and feelin' old
Sometimes I'd like to quit
Nothing ever seems to fit

Hangin' around
Nothing to do but frown
Rainy Days and Mondays always get me down.

良きことのみ思え

June 17, 2008

薬の副作用か。末端神経障害で全身しびれて動かない。トイレもつらい。でもここを乗り越えないと明日はないな。絶対に耐えてみせる。

この苦しみの一切合切を自分の思考がつくりだしているとしたら。たまにそんなことを考える。自分の考え方ひとつで