ニック・ドレイクは26歳とうい若さで夭折したイギリスのシンガーソングライター。その死因の真偽は今となっては知る由もないのだけれど、定説としては、自分の歌が世に受け入れられず、たいしたセールスもあげられないことに絶望したニック・ドレイクが自ら命を絶ったというやつが一般的で、彼のアルバムについてのレコード評にはたいてい「絶望」「孤独」「死」といった陰鬱なキーワードが枕言葉的に冠せられる。
彼の遺作となってしまった3rdアルバムの「Pink Moon」はとくに沈鬱なムードが全編を通して漂っているレコードだ。ただし、絶望や孤独を感じさせる、あるいはそれを意図してつくられたレコードは決して少なくないけれど、「Pink Moon」とそれらとの大きな違いは、ウェットでなく、じめじめしておらず、絶望だとかを匂わすバンドやシンガーが感じさせる特有のうさんくささや、思春期には誰だってあるはずの、退屈で、いたって一般的な、憂鬱とじゃれあっているだけの間抜けな子供っぽさを飛び越してしまった、最悪ななにかと対峙しているにもかかわらず心が冷たく澄んでいくような、おそろしいほど空虚な印象を歌い手に見出してしまうことだろう。「Pink Moon」には結晶体や鉱物がもつ、親しみは感じにくいがかといって抗うこともできない純度の高い美しさがある。
つまるところ決してハッピーになれるレコードではない。あなたがときに、理由のない憂鬱にはまってしまうタイプのひとなら、その根っこにあるものを言い当てられた気分になるかもしれないし、そんな結局はよくわからない根っこのことなんて、まったく知らないですごした方がよっぽど人生は楽しいのかもしれないが、それでもニック・ドレイクを知ることで人生がもっと豊かになるというのは、少なくともぼくにとっては間違いのない真実だ。彼が爪弾いたアコースティックで極限的にパーソナルな歌のどこかに、それがどこか達観してしまって、悲しいほど超越してしまったものであるとしても、日々をすっきりとシンプルにさせるポジティブなリズムとメロディーが存在するし、ニック・ドレイクはそういう歌をつくっていたのだとぼくは思っている。
ぼくのいちばん好きな曲はアルバムの最後に収められている「From the morning」という曲。
そして 今 ぼくらは目を覚ます
ぼくらはどこにだっている
ぼくらは 今 大地から起き上がっていく
この歌が「そしてゲームに興じるんだ、朝が教えてくれたゲームに」と自嘲気味に終わるとしても、新しい一日への不安とともにどこからともなく湧き上がってくる、太陽があたりを照らし始めた朝の、静かな力強さを感じてしまうのはそんなに見当外れな聴き方ではないと思う。そしてこの否が応でも夜が明けていくときの力強さは、この歌が誕生した瞬間、きっとニック・ドレイクのなかにもよぎっていたのだとぼくは信じたい。
Pink Moon
1972
island records
LP,CD
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