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付箋『ぐでん愚伝』

亡姉は生前よくワープロで本の抜き書きをし、「付箋」というタイトルをつけて封書で送ってよこした。当時の感熱紙に印刷したものなので経年劣化で文字が消えかかっている。まだなんとか判読できるうちに書き写しておく

「酒乱がふえているそうな。
しかし、酒乱とはなにか、ということになるとチトむずかしい。酒乱と単なる酔っぱらいはどう違うのか。

酒場の女がみな美人に見えるのは単なる酔っぱらいである。
酒場の客がみな犬に見えるのが酒乱である。

「ウーイ、酔っぱらったぞォ。水持ってこーい」と注文するのは単なる酔っぱらいである。
注文もしないのに、頭から水をぶっかけられるのが酒乱である。

飲んですぐに眠ってしまう客は単なる酔っぱらいである。
それを一人一人、叩いて起こしてまわるのが酒乱である。

「酒を飲ませて、というのも一つの手にはちがいないが、大虎になって暴れる奴が出るのも困りもの。江戸時代、佐渡の金山にあった炭鉱労働者相手の半公認賭博場では酒類厳禁のきまりがあった。純粋にバクチだけを愉しませようというのか。このバクチ場にかかっていた絵看板が変わっていた。
サカナが四匹ならんでいるだけなのだ。上から順に鮭、鮫、鱈、鯉である。「酒、さめたら来い」というわけだ。

「職もない、金もない、プー太郎同然の暮らしだったからろくな酒が飲めるわけがない。通ったのは新宿西口の「小便横町」である。
新宿駅西口のガード沿いに、バラックの"やきとり"屋が数十軒、軒をならべてモウモウと煙をあげていた。

のんべたちが毎夜、そこに蝟集するのだが、公衆便所なんて上品なものが昭和二十二年の新宿にあるわけがない。全員がガードに向かって立ち小便である。
そのアンモニアのにおいが、やきとりのにおいを凌駕して鼻にぷプンプンくる。そこでおのずから名づけられたのが「小便横町」というわけだ。」

『ぐでん愚伝』塩田丸男

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