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亡父のカードを読む

久しぶりに再会した友だちから「ブログ更新しないと生きてるか死んでるかわからない」といわれてそれもそうかと思い何でもいいから書くことにした。ふだんTwitterばかりやっているとブログにむけるエネルギーがちょっとずつ吸い取られて、まとまったものを書いたり、思考を積み上げたりができなくなった。この暑さでは息するだけで精一杯だから、ブログも断章調でいいやとか思うようになった。よく考えてみたら自分の好きな本はどれもアフォリズムばかりだ。シオラン、パスカル、ヴェイユ...。だからブログもTwitterと同じに考えてよいと思うことにした。独り居の独りごと。

 
ちかごろ亡父の遺したカードを寝しなに読んでいる。考えてみれば来年には父の歳に追いつく。若いころは意味不明と感じた文章もあったりしたが、そういうところもひっくるめて、父と対話しているような楽しさがある。
 
父はかなり几帳面なたちだった。抜き書きした本の題名やページ数まで丁寧に書き残しているから、父の蔵書を紐解くための索引がわりにもなっている。おそらく当時サラリーマンのあいだで流行した「知的生産」にどっぷりとハマっていたのだとおもう。もし当時パソコンが今のように普及していたら、間違いなくライフハックなどにハマった性格である。
 
昨日読んだカードには、緑色のボールペンで「不遇(閑職)時代は能力の充電期間である」というタイトルがついている。つづいて「充電」と「機体整備」と赤のボールペンで小見出しがある。ちょっと抜き書きしてみると、
 
充電
「君は今まで猛烈に忙しくて、蓄積してきた知識を放出するだけに終わってしまい、新しい知識や技術の充電期間がなかったではないか。そんなことを、これからも続けていたら、君の能力は空っぽになってしまう。
閑職についた今こそ、君の能力を充電する絶好の機会ではないのか。」
 
機体整備
「不運という運命の台風が吹き荒れているときは、ヘリコプターは不時着せざるを得ない。台風に逆らっては墜落するだけである。
会社から配置転換を命ぜられる前に、自ら左遷を申し出る位の勇気が欲しいものだと思う。
しかし、不時着をしても、漫然と休んでいたのでは、嵐が去ったときに、すぐに飛び立つことができない。
期待の整備を充分に行ったのち、エンジンをかけてフル回転させ、いつでも飛び出せる体制を保っておく必要がある。」
 
「ライフワーク P193」とあるから、これは当時、日本IBM常務だった井上富雄さんの『ライフワークの見つけ方』から抜き書きしたものであろう。試しに書棚から取り出して開いてみると、ちょうど193ページに雑誌の切り抜きがはさんであった。この章だけ何度も見返していたのかもしれない。昭和53年8月26日(1978)のスタンプがあるから、父が43歳のときに書いたものであろう。
 
著者の井上富雄さんも、入社したての頃に大病し、長い不遇時代を過ごした方である。おそらく父は、彼のようなエリート会社員にも冷飯時代があったことに驚き、一介のサラリーマンにすぎないけれども、己の境遇を重ねてそうだそうだと共感しながら、熱心に書き写していたのだとおもう。それから32年後、白血病になった自分の息子がそれを味読しているなどとは思わなかったでしょう、父さん。
 
「ひとの世の旅路のなかば、ふと気がつくと、私はますぐな道を見失い、暗い森に迷いこんでいた」(ダンテ『神曲』)
 
けだるい夏の夜は、ベッドに寝そべって父の言葉に耳をかたむけてみる。

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