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失敗を食べる

今年は大きな成功と大きな失敗にふちどられた一年だった。成功とはやはり白血病完治であり、失敗とは健康の喪失ある。しゃべることも食べることもできないほどの口腔粘膜炎に寝ても起きても苦しんでいる。原因もわからないまま、薬だけが増えていき症状はまったく改善されずという日々を一年以上くりかえしている。体重も43キロから動かない。正直に白状すると失敗を帳消しにしてもらえるならば成功を投げ出してもいいというほどの泣き顔である。

だが失敗は帳消しにはならない。失敗は失敗である。しかし失敗を失敗として引き受けることだけはかならずできるということをフトンのなかで発見した。

NHK教育「The 女子力」にでていた料理研究家・瀬尾幸子さんが「料理のいいところは食べてしまえばなくなる」ことだと話していた。失敗作も食べればこの世から残さず消えてくれる。だから気にせず次にいける。だから料理はいいんだと語っていた。

朝イチ「夢の3シェフ競演」で視聴者からいい質問があった。
「失敗したと思ったのはどんなときですか」
三人とも「失敗なんてありすぎて、ほとんど毎日失敗」。イタリアンシェフの落合さんは「肉を焦がしたとか明らかな失敗はお客さんに出さないからそれはいいとして、お店にだせるんだけど自分的には失敗だったというのはしょっちゅう」。野球にたとえるとバッターは見送ってくれたが失投だったという感じであろう。

昔話になるが、自分がまだ駆け出しのデザイナーであったころよく励みにしていたのはアートディレクター・浅葉克己さんが教育テレビで語っていた一言だった。

「朝起きると自分はだめだ、もうだめだと思うところからはじまる。だめだと思いながらそれでもいろいろやっていくうちに、けっこういけるんじゃないかという気持ちになる。だけど次の日の朝にまたもうだめだとおもっちゃんだけど」

住吉美紀さんのエッセイにも似たような一節がある。
住吉美紀エッセイ抜き書き02

瀬尾さんのように、毎日の暮らしはもちろん仕事もぜんぶ料理といっしょに考えていいのであって、失敗も成功も、朝昼晩とにかく食べつづけるということ。食べきらないと、次のお椀はでてこないから。挫折もなんでも好き嫌いせずとにかく食べていく。

食い意地が強いことを津軽弁では「ほいど」という。成功にも失敗にもホイドになれということ。逆に成功もせず失敗もせず凡々と生きたニンゲンはどうなるか。ダンテが神曲の冒頭でその末路を描いている。

「天はかれらを追放する。地獄も彼らを受け入れぬ。...こらの者は死のうにも死ねない。その盲目の生は、いといやしいゆえに、他の身の上がみなうらやまれてならぬ。」(寿岳文章訳 ダンテ『神曲・地獄篇』P32)

彼らは地獄に入ることすら許されない。ただ玄関のまわりを叫びの群衆となってたがいを罵り、打ちながら一つの旗を追ってぐるぐると回りつづけることになる。永遠に。つまり、成功も失敗もしない「沈香も焚かず屁も屠らず」のニンゲンは死ぬことさえできない。ニンゲンだからといってみな死ねるとはかぎらないとは前に書いたとおりである。

残しちゃいけないもの

死にきるには生ききるしかない。生ききるとは成功も失敗も清も濁も何もかも食べきるということである。いま目の前にあるものを四の五のいわず食べるということである。たとえそれに毒が盛られているとわかっていても、皿まで食うという覚悟である。それが生ききるということである。

しかし覚悟した刹那、目の前から杯が消えてなくなったということはこれまで何度も経験した。われわれが人生で遭遇する労苦の何割かは、天の見えざるカードであらかじめ決済してもらえるらしい。もし覚悟を決めただけで精算してもらえるなら、覚悟だけでもしないと損ではないか。

だから失敗も成功もまずは口をつけてみようと覚悟した。これからも。食べれば食べたぶんだけなくなるのだから。

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